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最終話『仲間と図鑑とこれからも』

――からからとなる車輪の音を、俺はぼんやりと椅子にもたれながら聞いている。一度沈んだ太陽はもう一番高いところを超えて、あと十五分もあれば沈むだろうというところまで来ていた。


「……もうすぐカガネだな」


「ええ、そうね。行きはあんなに長く感じた道のりなのに、帰り道はあっという間に感じるんだから不思議なものだわ」


「こうやってのんびりできている割には、時間だけがどんどんと過ぎていくもんね。……うん、考えれば考えるほど不思議な気分だ」


 しみじみと呟いたネリンに続いて、アリシアが唸り声を上げながら同調する。俺も声には出していなかったが、二人と同じような感想を抱いていた。


 あれやこれやととりとめのない話をしながら過ごしていたはずなのだが、それすらも一瞬でまだまだ話したりない事が多すぎる。びっくりするぐらい道のりが平和に行っているところまで含めての事なのかもしれないが、カガネへの道のりはあっという間に過ぎて行ってしまっていた。


「そんなに長く王都にいたわけでもないのに、ずいぶん久しぶりな気もするよね。……家、荒れてたりしないかな?」


「大丈夫でしょ、アイツも出入りしてるだろうし。……タイミングが合わなくて何も言わずに王都に向かっちゃったから、帰ってきたのがバレたら質問攻めにされるかもしれないけど」


 あの天才なんだか天災なんだか分からない研究者の顔を思い浮かべながら、ネリンは小さくため息を一つ。それを聞いて、今までぼんやりと窓の外を眺めていたミズネが楽しそうに笑った。


「まあまあ、それも含めて帰ってきたってことだろうさ。王都での日々も充実したものではあったにせよ、どこか特別な感覚というのがぬぐえなかったからな」


「ええ、私も同意見です。カガネに帰ればまた仕事に追われることになるのでしょうが、今はそれすらも愛おしい。……やはり私にとっては、この街が故郷なのでしょうね」


「……故郷、か」

 

 クレンさんが何気なく発したのであろうその言葉を、俺は口の中で噛み締める。今まで考えたことはなかったが、この世界における俺の故郷ってのはどこなのだろう。まだ故郷は日本にある――なんて言うには、俺の考え方とか生き方は異世界にかぶれすぎているし。


 本当に大げさな言い方をするのならば、俺はこの異世界で生まれ直したようなものなのだ。図鑑ばかりにかじりついて生きてきたところから今に至るまで、自分自身がまるで別人のように思えてならない。……王都にいる間、ほとんど図鑑に頼ることもなかったしな。


「……俺の故郷も、カガネなのかもしれないな」


 あれやこれやと考えて、俺はそんな風に呟く。……気が付けば、そんな俺のことをネリンがどこかからかうような眼で見つめていた。


「……なんだよ、ネリン?」


「いや、面白いことを言うなって思って。……かもしれないじゃなくて、ヒロトの故郷はカガネでしょ?」


 クスリと笑いながら、ネリンは当たり前のことのようにそう俺に告げる。その断定的な口調に驚いていると、その隣でアリシアとミズネもうんうんと首を縦に振っていた。


 異世界転生のことを隠していた時は、確か東の方にある小さな里に生まれたって話をしてたはずなんだよな……。クレンさんは天性のことを知らないから『日本だろ』と言えるわけはないにしても、みんな揃ってネリンの意見に続くのは少し不思議だ。


「……自分で言っといてなんだけど、俺がカガネで過ごした時間って本当に短いぞ? そりゃ、この世界で一番お世話になったところではあるけどさ――」


「うん、ならそこを故郷としてもいいんじゃないかな? 君という冒険者が生まれたのは、間違いなくあのカガネの街でのことなんだからさ」


 だんだんと大きくなり始めているカガネの周囲の壁を指さしながら、アリシアは悪戯っぽく笑う。……そういわれると、確かに俺も納得せざるを得ないような気がした。


 俺がここまで来られたのは、冒険者として生きることができたからだ。冒険者として生きたから仲間たちにも出会えたし、いろんな事件にも巻き込まれてきた。……まあ、事件に巻き込まれるのがいいことばかりとは限らないんだろうけどさ。


 だけど、それもこれもカガネにいられたからできたことだ。……カガネでいろんな人と出会えたから、できたことだ。


「生まれの故郷というのは変えるに変えられないものだが、心の故郷なんて言葉もある。……どちらも同じぐらい大切な物だと、母様が教えてくれたことがあったな」


 アリシアの言葉を補足するかのように、ミズネはそんなことを呟く。心の故郷、という言葉が妙にしっくり来て、俺は小さく頷いた。


 転生したばかりの時は少しだけ日本への名残惜しさを感じていた時もあったが、今ではそれを感じることもなくなっている。それを薄情だと言われたら何も反論はできないが、俺の本心がそうなのだから仕方がない。……俺はすっかり、この異世界の住人に染まってしまったのだ。


「……じゃあ、俺もカガネがふるさとって名乗ることにするか。なんだかんだとこれからも一番長くいる街になりそうだしな」


「ええ、それは間違いないわね。……もしかしたら、カガネに帰ってくるなりややこしい事件が私たちを待ってたりして?」


「ネリンが言うと現実になりそうなのが少し怖いね……。まあ、君たちがいてくれるなら面倒なことでも歓迎というか、どんと来いぐらいの心持ではいられるけどね」


「私も同感だな。私たちが揃って解決できないことなど、よほど根が深い問題でもなければないだろう。そういった問題には最初から巻き込まれないし、実質私たちは無敵と言っていいのかもしれないな」


 含みを持たせたネリンの言葉に苦笑しつつも、アリシアもミズネも強気な答えを返す。それはきっと、今まで積み重ねてきたことの成果なのだろう。いろんな場所でいろんなことがあって、それを俺たちなりに乗り越えたり交渉で何とかしたりして。……そうやって頑張ってきた上に、今の俺たちがある。


 そして、そこには俺のやってきたことも含まれているのだ。……正確には、『俺と図鑑の』やってきたことではあるんだけどさ。


――だけど、今なら断言できそうだ。


「ああ、俺も同じことを考えてたよ。……お前たちが俺の傍にいてくれる限り、どんなことでも乗り越えられる気しかしねえ」


「それならあたしたちは一生無敵かもしれないわね。……だって、今更離れる理由なんて一つたりとも見つからないし?」


 そう言って俺たちに向けられた視線に、三人そろって首を大きく縦に振る。……少し離れたところから、クレンさんはそれをしみじみと見つめていた。


「……皆さん、そろそろカガネに着きますよ。帰り道までが依頼だとはよく言われますが、それも本当にここでおしまいのようです」


 正面を指さしたクレンさんの向こう側に、綺麗な白色をした門が見えてくる。そこには珍しく人がいなくて、スムーズに街の中までで入れてしまいそうだ。


 そこに踏み込めば、待っているのはきっと今までと同じ日常だ。だけど、それは決して悪いことじゃない。だってこれからも、俺は仲間と図鑑とのんびりやっていくことになるだろうからな。……それを、いったいどうして喜ばないでいられるんだろう。


 そんなことを思っていると、馬車はあっという間に門をくぐってカガネの街中へと向かって行く。見慣れたような、でもどこか新鮮なようなその街並みを見つめて、俺は――


「……ただいま、俺のふるさと」


――小声で、でもはっきりとそう呟いた。

 はい、これにて『図鑑片手に異世界スローライフ』の本編は一旦完結です! ここまで読んでくださった皆様に、まずは最大限の感謝を!

 ここで一区切りとする理由としては、『図鑑と共に転生した少年の成長譚』としてはここで一つのゴールを迎えているからなんですよね。これから先ちょっとやそっとのことでヒロトは折れないでしょうし、頼れる仲間ももっと増えていくでしょう。そういう事を加味すると、連載としてキリがいいのはここになるのかなと思った次第です。

 そういう事なので、ヒロトたちの日常はこれからも続いていきます。まぁ、それに関してはまた後ほど。

 この作品は、はっきり言ってしまえば勢いでできた作品でした。まだ小説づくりのノウハウも薄いころに書き始めたこともあって、今思えば序盤で回収するべきことができてなかったり、テンポもめちゃくちゃスローだったり、改善点は無限にあると思います。

 ですが、そこで折れずにこの最終回までたどり着けたのは読んでくださった皆様がいたからにほかなりません。ブックマークが一つ付くたびにニンマリしてましたし、星五が来た日には舞い上がってました。それぐらい、皆さんに読んでいただけることが嬉しかったんです。

 僕はこの作品が完結するにあたって、『一旦』という言葉を多用してきました。というのは、未回収の伏線とか書ききれなかったサブエピソードとかがあちこちにありすぎるからです。僕自身もヒロトたちにまた会いたくなる時が来ると思いますので、その時は『短編集』と銘打ってて不定期にはなりますが新たに更新しようと考えております。その時が来たら、またヒロトたちの日常にお付き合いいただければ嬉しいです。

 この作品の後釜になる夕方六時枠の連載ですが、七月の頭に開始する予定です。現代日本を舞台にしたラブコメを構想中ですので、良ければそちらも楽しみにしていただければ幸いです!

 では、長くなりましたがあとがきもここまで! ヒロトたちの物語を見届けてくれた貴方に、僕から最大限の感謝を! ――そして願わくば、また別の作品でお会いしましょう!

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