第七百十一話『遠くない先に、また』
「……本当に、行ってしまうんですね」
「ああ、離れるのは少し惜しいけどな。……だけど、俺たちにとっての拠点はあの街なんだ」
パーティメンバーにクレンさんを含めた俺たち五人を見つめて、名残惜しそうにロアは再度確認を取る。もう三回目ぐらいになるその質問に対して、俺は皆の意見を代表して頷いた。
祭りが終わってから大体一週間、『カガネの街に帰る』ことを表明した俺たちには専用の馬車が用意されることになった。ただ帰るだけならテレポート屋を使えばいいのだが、『せっかくなら楽な気持ちで馬車の旅を楽しんでほしい』というフィクサさんの計らいだそうだ。それに関してはロアも一枚噛んでいたのか、俺たちにその話を伝えるときに自慢げに笑っていたのが印象的だった。
だが、いざ別れとなればやっぱり淋しくなるのも事実なわけで。馬車が出発する予定の時間を前にして、俺たちのもとには結構な数の人たちが集まってきていた。
ギルドの人もいれば祭りに関わってくれた人たちもいるし、一人一人とあいさつしていると日が暮れてしまいそうだ。……だがしかし、集まった人たちの意志は『ロアとゼラに時間を使ってもらう』という所で一致しているようだった。
「あっという間の一週間だったね。もう少し遊べるかと思ったんだけど、時間が流れるのってこんなに早かったっけか」
「楽しい時間は速く過ぎるってのはどこにいても一緒だしね。あたしも一週間ってスケジュールにしたことを少しだけ――いやがっつりと後悔したわ」
ロアと手をつないで立っているゼラの言葉に頭を押さえつつ、ネリンが別れを惜しむように呟く。おそらくこの一週間を一番満喫していたのはネリンだし、王都を離れることを最も渋ったのもネリンだ。俺たちが説得しなかったら軽く一か月ぐらいは滞在しそうな気がして怖い。
「王都行きのテレポートも解禁されたことだし、またすぐに来れると思うよ。馬車で向かうにしたって、これからエルダーフェンリルに邪魔されることはないだろうしね」
「……その節は、大変な負担をおかけしました……」
ネリンをたしなめようとした言葉がロアに飛び火して、萎れた様子でロアが頭を下げる。……そういえば、馬車で王都に来るように俺たちに指示したのはロアだったんだっけ。最初はクールな試験官だと思っていたはずなんだけど、人との関係地ってのはどう変化するか分からないものだな……。
「大丈夫だ、あれも今振り返ればいい思い出だからな。……ぞーんとやらに入るのは、しばらく勘弁させてもらいたいところだが」
「というか、ミズネが全力を出さなきゃいけないレベルの戦いに首を突っ込みたくもねえよ。エルダーフェンリルの討伐も報酬が下りたんだし、しばらくはのんびり生活しようぜ?」
すかさずフォローに入ったミズネに続き、俺が冗談三割残りが本気ぐらいの言葉を続ける。実際のところあれ以上の戦いなんて冒険者の仕事にはなかなかないはずだし、あったとしても俺はそれを全力で躱しに行く構えだ。……いくらカガネのクエストのレベルが王都よりは高くないと言っても、あれだけの戦いを乗り越えたことによる燃え尽き症候群から復活する理由にはならなかった。
「その気持ちはすごく分かるよ。……というか、ボクもしばらくは討伐系のクエストには出向かなくていいかなって思ってるし」
「そうね……。あんまり褒められたことじゃないけど、家に着いたらそのまま三日ぐらいは皆でごろごろしてたいかも」
俺の言葉をきっかけにするようにして、ネリンとアリシアも内に秘めただらけ心を外へとさらけ出す。……それに真っ先に笑ったのは、意外にもクレンさんだった。
「ええ、存分に休むのがいいかと。一つ大きな仕事をしたらじっくり休んでよくなるのもまた、冒険者という生き方の乙なところですからね」
「おお、クレンさんがそのようなことを言うのは意外だな。……貴方のような人は、『王都にも認められた冒険者としての規範を~』とか言ってもおかしくないと思っていたが」
「いえいえ、そんな堅物じみたことは言いませんとも。……私が冒険者だったころ、そのような意識にとらわれすぎて体調を崩したものを見てきましたから」
茶化すように問い掛けたミズネに、クレンさんは微笑を浮かべて返す。俺たちの中でも平均年齢が高くなる二人の会話は、どこか大人びたユーモアに満ちているような気がした。……俺がその領域にたどり着くには、あと三十年四十年ぐらいはかかるのだろうか。
「はは、それならカガネに帰らないといけないだろうね。……だけどミズネ、この魔剣は本当にもらっていいのかい?」
腰に携えた魔剣を指で軽くつついて、ゼラはミズネに問いかける。それもさっきのロアの質問と同じようにこの一週間で何度も繰り返されてきたものだが、そのたびにミズネは同じ答えを返し続けていた。
「ああ、その剣はお前のものだ。……武器はよりうまく扱える者のもとに渡るべき、そうだろう?」
「ええ、私も同じ理念ですね。……それに、その剣はもうすっかりゼラ様になじんでおりますから」
「……そう、かな。それなら、ありがたく頂くことにするよ」
少しだけ視線をさまよわせながら、しかし最終的には決心したようにゼラは強く剣の柄を握り締める。……それを見たミズネは、満足そうに笑みを浮かべた。
「……ああ、そろそろ時間ですね。今から出発すれば、明日の夕方ごろにはカガネに帰り着くことができると思いますので」
そんなやり取りが一段落したところで、ロアが名残惜しそうにしながらも背後につけられた馬車を手で示す。その客車はとても大きく、野営などしなくてもこの馬車の中で寝泊まりできてしまいそうだった。
「ああ、ありがとな。……カガネでやることが大体終わったら、きっと王都に遊びに行くよ」
「ええ、その時はぜひ私たちを訪ねてください。できる限りの歓迎をいたしますからね」
手を振る俺たちに控えめながらも手を振り返して、ロアはにっこりとほほ笑む。その隣では、ゼラも俺たちに向かって大きく手を振っていた。……当然、その間も二人の手は繋がれたままだ。それが嬉しくて、俺はさらに大きく手をぶんぶんと動かした。
「……皆さま、本当にありがとうございました! 今度はただの観光客として、皆で王都を満喫しましょう!」
ロアの声を聴きながら、俺たちはカガネへと向かう馬車の中へとゆっくり進んでいく。……長いようで短かった王都での日々は、閉まる馬車の扉とともにひとまずの終わりを告げた。
どうも昨日の僕は日付を勘違いしていたようですが、土曜日更新の次回で『図鑑片手に異世界スローライフ』は最終回となります! 王都でのあれこれを経てヒロトたちはいったい何を思うのか、ぜひ見届けてもらえればうれしいです!
――では、また明日の午後六時、最終回にてお会いしましょう!