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第七百十話『浮かぶ月のように』

「……あら、少しだけ話し込みすぎたみたいね。もうすっかり夜じゃない」


「ま、ゼラたちと遭遇した時点で結構日も傾いてたしな。祭りが終わる直前ぐらいだし、タイミングとしてはちょうどいいんじゃないか?」


 喫茶店から一歩外に出るや否や、空を見上げたネリンがどこか寂しそうにつぶやく。その目線の先には丸い月が浮かんでいて、祭りに沸く王都を優しく見降ろしていた。


 吹き抜ける風も涼やかで、とてもいい夜と言った感じだ。ゆっくりと歩いてそれぞれの拠点に帰るには、これ以上のいい環境もないだろう。


「……ずいぶん長かった気がするけど、これで本当に終わるんだな……。それはそれで淋しいって言うと、すごく都合よく聞こえちゃうとは思うけどさ」


「誰よりも早くから走り回ってたのがヒロトだもんね……。そのおかげで僕たちはこうやって今を迎えられてるんだから、もう少しぐらい我儘を言ってもいいとは思うよ?」


 ネリンと並んで空を見上げながら俺がぽつりとこぼすと、ロアと二人で会計を済ませてきたゼラがそんな風に続いてくる。それに驚いて振り返れば、ロアもクスリと笑みを浮かべながら首を縦に振っていた。


「ええ、ゼラの言う通りだと思いますよ。今日のご飯代を支払っただけでそれのお返しになったとは思いませんし、そもそも金銭で解決できるようなものでもありません。……だから、そんなに謙虚にならずともいいんですからね?」


「いや、流石にそこで負担かけるのは悪いって思ってさ……。それに、わがままならこの計画の前にとっくに言いまくってるしな」


 そもそもこの計画自体が、俺が二人をくっつけたいという我儘によって始まったようなものなのだ。高尚な理由なんてないし、ただ自分が思うようにやりたいっていう意志だけがそこにはある。……だから、皆が思ってる以上に俺の考えなんて持ち上がられるべきじゃないと思うんだけどな……。


「まあいいじゃないか、二人もそう言ってくれてるんだし。誰かの称賛に対して素直に鼻を高くするのも、この祭りを仕掛けた張本人としての責務ってやつだよ?」


「ああ、誰が何と言おうとこの祭りを始めたのはお前自身だ。……もしこれが王都の名物になったりしたら、お前の名前が冠されて歴史に残ったりしてな」


「……それは恥ずかしいから、フィクサさんにこっそりお願いしとこうかな……」


 はやし立てるような二人の言葉に、俺は少しうつむきながら冗談半分で応える。だが、もう半分はかなり本気だ。祭りに俺の名前が残るというのはすごく名誉な話な気がするにしても、そこまで自己主張を強くできる自信はなかった。


「あら、それはいい案ですね。この祭りに――ひいてはギルドの中のどこかに、ヒロトさんの名前を残せるようにおじいさまに提案してみましょう」


「孫娘からの直談判はシャレになんねえんだけど⁉」


 そんな俺の計画を打ち砕かんとするロアの言葉に、俺は目を丸くしながら突っ込みを入れる。できるなら――いや本当にそれだけは勘弁してほしい一手ではあったのだが、幸いなことにすぐロアは「冗談です」と笑みを浮かべた。


「いくら自分自身への評価が少し上向いたとしても、まだおじいさまに直談判できるだけの自信はありませんよ。……だからと言って、必要以上にバルトライ家の人間であることを卑下したりもしませんが」


「……あ」


 柔らかく微笑むその表情を見て、俺はロアがバルトライ家のことに冗談めかして触れたのだという事に気が付く。今までロアを縛り付けていたその名前を、今は冗談っぽく言える風にまでロアは成長してくれたようだ。……少し背筋が凍ったにしても、それは本当に嬉しいことだった。


「……そういえば、二人はこれからどうするんだい? ボクたちは十分に祭りを堪能したし、宿でゆっくり過ごそうかなって思ってるんだけど」


 雑談に区切りがついて歩き出そうとしたその瞬間、思い出したかのようにアリシアが二人に向かって問い掛ける。……それに対して、二人は少し違う反応を見せた。


「私たちも三日間祭りを楽しみましたし、今日はもう家に帰るつもりです。……本当ならば、私の家にゼラを招待したかったのですが――」


「それに関してどうするかは、まだ少しだけ返事を待ってもらってるんだ。……どんな否定も反発も全部ねじ伏せるとは言っても、流石に本丸から攻めるのは心の準備ってやつがね……」


 楽しそうに語るロアに対して、ゼラは顔を赤くしながらはっきりとしない口調で尻込みするように答える。……それが少し気になって、俺はゼラの耳元に口を寄せた。


「……言ってやれよ、ゼラ。後だろうが先だろうが、いずれは分かってもらわないといけない相手なのは変わりないだろ?」


「……っ」


 俺にハッパをかけられて、ゼラは少しだけ背筋を伸ばす。それでもやはり決心をつけるのにはためらうのか、ゼラの視線はあっちこっちをふらふらとしていたのだが――


「……家の者に『客人が来るかもしれない』と言うお話をしたら、今まで見たことがないぐらいに料理人たちが張り切ってしまいまして。……それでその、今日の食事はとてつもない量が用意されてしまうらしいのですが――」


「……分かった、それなら喜んで行かせてもらうよ。せっかくの料理が無駄になるぐらいだったら、僕の胃袋にでも入った方が有意義だもんね」


 少しだけしょんぼりとしたロアの声色が決め手となったのか、ゼラは原をくくったかかのように首を縦に振る。その瞬間にロアの表情がパアッと明るくなって、ゼラの顔は赤くなった。


 しかしそれもつかの間、ロアはゼラの背中を押しながら俺たちの方を向き直る。それだけでロアが何をしたいか察したゼラは、ロアと一緒に俺たちをまっすぐに見つめた。


「……そういうわけなので、私たちはヒロトさんたちと反対方向ですね。……重ね重ねにはなりますが、皆さん本当にありがとうございました」


「僕からも、改めてお礼を言わせて。……君たちがいてくれて、僕は本当に幸運だった」


 二人揃って頭を下げ、二人は踵を返してロアの屋敷へと向かって行く。ゼラにとっては試練の夜になるだろうが、それもきっといいものになるだろう。……今の二人なら、きっと大丈夫だ。


「……いいもの、見れたわね」


「ああ、ヒロトの掲げた理想通りだ。今の気分はどうだい、立役者様?」


 仲睦まじい二人の後ろ姿を見ながら、アリシアが俺に水を向けてくる。……それを受けた俺は、頭上に浮かぶ大きくてきれいな月を見上げた。


「……ああ、最高の気分だよ。身の丈に合わない覚悟でも、決めてみただけの価値はあった」


 一つの欠けもない月のように、今の俺の心の中は満たされている。たとえ月がその形を変えたとしても、今日この日の満足感を俺はきっと忘れないだろう。……それぐらい温かくて、綺麗なものを見られたのだという確信があった。

 エルダーフェンリル討伐の後夜祭が終わったこともあり、次々回、つまり日曜日更新の回で『図鑑片手に異世界スローライフ』は一旦の最終回を迎える予定です! つまりあと二話、祭りを楽しみつくした四人が何を見せてくれるのか、ぜひご期待いただければ幸いです! 『一旦』とつけた理由もそこで明らかになりますので、最後までどうかお付き合いください!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!


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