第七百九話『お揃いでお似合い』
「ったく、本当だったら今頃この店はバータイムの真っただ中なんだぜ? そこを柔軟に対応してお前さんたち六人のために開いてやったんだから、オイラの人情には感謝してほしいもんだ」
「大丈夫です、ちゃんとわかっていますよ。……それはそれとして、人がいないのはいつもの事でしたが」
大げさに首を振りながら俺たちに語りかけるマスターに対して、ロアは紅茶をすすりながら冗談めかした様子で辛辣な言葉をかける。マスターからするとそれはかなり突き刺さる言葉だったのか、まるで実際に殴られたかのように大きくよろめいていた。
作戦会議の場としてここには足繁く通っていたはずなのだが、静かな雰囲気をこうして味わうのはなんだか妙に久しぶりな気がする。あれの影響もあって少しは常連も増えるのかと思っていたが、今日も今日とてここは隠れすぎな名店だった。
「というか、昨日とおとといにはもう少し客もいてくれたんだぜ? 今日で祭りも最後だっていうもんだからみんな名残惜しくて外に出ちまったが、明日からはまた少しずつ客足が戻っていくだろうさ」
「ええ、そうだといいですね。ここのメニューは誰が味わってもおいしいと言えるものですから」
「うん、僕もうそう思う。……この静かな雰囲気込みで好みだから、あんまり賑やかすぎるのはそれはそれで問題な気がするけどさ」
ロアの意見に同調しつつ、ゼラはロアとおそろいのブレンドを口に運ぶ。表情を緩めながらゆっくりと飲み干すその姿を見て、ロアは優しい笑みを浮かべていた。――いくら長い間お互いに重い在っていたとはいえど、いろんな意味で打ち解けすぎじゃないか……?
「実際、ボクにもなんでこの店が流行らないのか分からないぐらいだからね。きっかけさえあれば王都一のカフェになれる実力は持ってると思うんだけど……」
「そうよね……ママがこの店のことを知ったら、まず間違いなく何らかの声はかけると思うし」
思い思いのお気に入りのメニューを口に運び、ネリンとアリシアも二人と同じような意見をこぼす。……確かに、商魂たくましいネリンの母さんがこの店を知ったら出店交渉ぐらいはしてきそうだそれに応じる応じないはまた別として、それぐらいの魅力はあるしな。
「……ま、人気になっちまったらこうやって客とのんきにしゃべるなんてこともできないかもしれねえしな。そういう意味じゃあ、少し人が入るぐらいの塩梅が一番いいのかもしれねえや」
「ああ、一理ある考え方だな。いわゆる常連としてこの店に通うようになってくれる人は、マスターとの交流を楽しみにしているというのもあるんじゃないか?」
「ええ、私もそうですね。……昔はさしてそれを嬉しいとも思えませんでしたが、今は会話してくれることにありがたさを感じています」
軽い音を立ててカップを置き、ロアがマスターに柔らかい笑みを向ける。今日一日だけでかなり目にしたその柔らかさは、しかし今までのロアがなかなか見せてくれなかった表情でもある。やっと肩の力が抜けたというべきなのか、その表情はとても自然なものに思えた。
「おう、そう思ってくれてるならオイラもこの店をやってる甲斐があるってもんだ。……しっかし、それをお前さんから言ってくれるようになるとはオイラも思ってなかったけどさ」
「ほんと、いい意味で変わったわよね……少しふにゃっとしたというか、女の子らしくなったというか。……今のロアの方があたしは好きよ?」
感慨深げなマスターに続いて、パフェを口いっぱいに頬張ったネリンがそんなことを話す。まったく雰囲気が違う二つの言葉だが、それが生まれた理由は一つだ。それはロア本人も自覚するところなのか、恥ずかしそうに頬を押さえていた。
「……少し前までの私は、私自身の実力で皆に認めてもらわないといけないって考えてましたから。それまではとことん自分を磨いて、自分の力だけで一本立ちする。……そうしなくちゃ、バルトライ家の一員として誰の眼にも申し訳が立たないって」
「聞くたびに思うけどさ、本当にロアは責任感が強いよね。……君の力になるためだったら、僕はいつだって力を貸したのに。……そうしたいって思えるだけのカリスマが、もともと君にはあったのに」
それをもっと素直に言わなかった僕も僕だけど――と。
ロアに対してフォローを入れようとしたゼラが、結局自分自身の失態に行きついて恥ずかしそうに顔を押さえる。前々から似ているとは思っていたが、お互いにリラックスしているところを見てその確信はさらに深まったと言っていいだろう。誰かを素直に尊敬できるところとか、そのくせ自己評価は低いところとか。……自分一人で答えを出せてしまえるところとか、本当にそっくりだ。
「――お似合いのカップルだよ、二人とも」
同じポーズをとる二人に向けて、俺は思わずそんな言葉を漏らす。半分ぐらい無意識の言葉ではあったが、横を見れば三人ともが首をぶんぶんと縦に振っていて。……というか、ゼラとはあまり面識がないはずのマスターでさえも縦に振っていた。
「そうだ、せっかくだしオイラからサービスしてやるよ! どうせ今日はお前さんたち以外に客も来ねえし、とことん堪能していってくれ!」
それによって気分が乗ったのか、いきなり思い出したかのようにマスターはカウンター奥の厨房へと歩いていく。それを見守る二人の視線はどこか気恥ずかしげだったが、口元は嬉しそうににやけっぱなしだった。
という事で、王都編を締めくくる祭りの時間の終わりもそろそろ近づいてきています! ヒロトたち六人に訪れた安らぎの時間、もう少しだけお付き合いいただければ幸いです!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!