第六百九十話『過去から学べ』
それは、まぎれもない戦いの記録だった。軽い文体で書かれてはいるが、その緊迫感は最前線に立ったものにしか分からない。……俺が目にする二つ目の転生者の痕跡は、やはり状況を打開するために欠かせないものだった。
それを目にして、俺はバロメルの遺跡で目にした先人からのメッセージを思い出す。いつだって、俺の背中を押してくれるのは先人が残してくれた足跡たちだ。……それらが、今の俺に『進め』と断言してくれている。この道で間違ってないと言わんばかりに、足跡は文章となって俺の眼に届いていた。
「……えっと、なになに……?」
過去の英雄が記した記録に目を走らせながら、俺は使える情報を少しでも多く拾おうと無意識のうちにマーカーを手にする。またひときわ強い暴風が吹き荒れて、ロアの指揮する皆が守ってくれたのだと直感した。
この拮抗は、いずれ俺たちの不利になることが確定しているかりそめのものだ。だからこそ、状況にほころびが生まれるよりも前に俺たちがほころびを生みに行かなければならない。そのためには、ここに記された知識が必要不可欠なわけだが――
「……くそ、文量が多い……‼」
当時の人数編成から充魔期の推移、それから装備の割合に至るまで、細かい情報が無数にそこには記されている。比較的さくっとメモしてくれているから読みづらさはないのだが、それでもすべてを認識しようと思っていてはかなりの負担にはなる量だ。……どうやら、ある程度山を張って読む範囲を絞っていかなければいけないらしい。
「……ここはまだ取り巻きとの闘い、つまり違う、もう少し先に――‼」
目線を滑らせ、ページをめくり、今役に立つ情報へと向かって俺は文章を読み進めていく。三ページ目にしてようやく英雄たちの一団は今俺たちがいる領域と酷似した空間に突入し、俺たちも全滅させた取り巻きたちと戦闘を繰り広げていた。
当時は人もそんなに集まらなかったようで、転生者本人も取り巻きとの戦いに参加している。転生特典として魔剣を使った攻撃は相当効果的だったらしく、体感では俺たちの二分の一ほどしか時間を要していなかった。
――そこまで読んで、俺の中に一つの嫌な予感が到来する。……それは、エルダーフェンリルすらも魔剣によってあっさりと撃破されていたら参考になる情報なんて得られないというものだ。もしそうなのだとしたら、ここまで読み進めた時間が丸ごと無駄に終わることになる。そうなれば、次に有用なものを見つけるまでに時間が足りるかどうか――
「……いや、んなことはないはずだ。仮にそうなんだとしたら、ここまで強大なものとして語られてるはずもねえ」
読む速度に支障が出ない程度に首を振って、唐突な嫌な予感を振り払う。必死にかき集めたその根拠は薄いものだが、それでもないよりはよっぽどマシだった。
たとえチート能力を使ったとしても、エルダーフェンリルの戦力は相当なもののはずだ。この場に集った王都の精鋭たちがここまで苦戦しているのだからきっとそうだと信じることしかできないが、それでも俺の中に合った不安は少しだけ楽になる。そのままもっと安心できる材料を探して、俺はページを一枚めくり――
「……あった、エルダーフェンリルの名前!」
ようやく話がエルダーフェンリルとの対面になったのを理解して、俺は小さく快哉を上げる。後はここから、エルダーフェンリルの弱点に繋がる情報を探し当てるだけだ。
幸い――と言うべきなのかは分からないが、エルダーフェンリルはチート能力をもってしても簡単に倒せるような相手ではないらしい。しばらくの間は吹き荒れる暴風に苦戦し、近づくことすらできない状況が続いている。『せめて近づくことさえできれば』という表現が、状況の歯がゆさをそのまま書きなぐっているかのようだ。
だが、この物語は勝利で終わることが確定しているものだ。だから、俺は先を読み進める手を急ぐ。長く続いた膠着状態から抜け出して、先へと進んでいくために。
……そう気持ちを取り直した瞬間、その記述は突然やってきた。
「……これ、か?」
今までさんざん紙の上を滑ってきた目線が、ある一点に収束して離れなくなる。それは、何百年もの前の彼らが突破口を見出したシーンで。……そして、俺たちにも頑張ればできそうな条件で。
「……魔力の流れを、停滞させる――」
目から読み取った情報を、俺は反芻するように復唱する。……英雄が勝利に向けて踏み出した一歩目のきっかけが、俺たちにとって何よりの突破口だった。
さあ、ついに戦いは膠着を破るべく動き出していきます! 果たしてヒロトが見つけた突破口を開くのは誰なのか、ご期待いただければ幸いです!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!