第六百八十九話『記録の山を漂って』
「皆さん、決して焦らないで! 私たちはあくまで迎え撃ち、エルダーフェンリルの攻撃を相殺すればいいのです! 今力比べで勝つ必要はありません!」
ロアが精いっぱい張り上げた声が戦場に響き渡り、それに応える声が少し遅れて地面を揺るがす。その様子を見るに、ロアはどうやら自分の役割を十二分に果たしてくれているようだ。
もちろん、指揮官としての適任はほかにもいる。ミズネやゼラはもちろんのこと、クレンさんやネリン、アリシアもこの状況を悪化させないための指揮ならば問題なくできるだろう。だが、それだけではないことができるのがロアなのだ。
ロアが必死に立つ姿は、みんなの気持ちを鼓舞する何よりの光景だ。なぜならば、ここにいる人たちの大半はロアの背中を押したくて、今のロアの状況を変えてあげたくて来た人たちだから。……勇気づけたかった少女が勇気を振り絞っているのに、どうしてそれを無下にできるだろう?
何回でもいうが、この作戦の主役は俺だけじゃない。俺はあくまで旗持ち役で、主役には主役にしかできない役割がある。……全員が主役として輝いて初めて、この舞台は最高の結末へと向かって行けるのだ。
だから、俺もいち早く自らの役割を果たしに行かないといけないわけなのだが――
「……くっそ、どうしてそういうとこも図鑑に忠実にしちまったんだよ……‼」
必死に抑えても風によってめくられていく図鑑のページと格闘しながら、俺はそんなことを呟く。最初の方は大きめの岩を立ててその陰に隠れようかとも思ったが、すぐに破壊される光景が目に見えてしまったから諦めた。この暴風にあおられながら、俺は数ページにわたるであろうエルダーフェンリルの情報を精査していかなくてはいけないのだ。
俺がもっているこの図鑑は、あくまで公にされた情報だけが記される。だからこそギルドが秘匿していたエルダーフェンリルの情報はここに記述されていなかったわけだが、その状況はすでにフィクサさんによって覆された。公的な文書としてエルダーフェンリルの情報が編纂されたことで、俺は図鑑を通じて突破口を見出すことができるようになったのだ。
だからこそ早くエルダーフェンリルのことを調べ上げなければならないのだが、問題なのはその情報が割と膨大かつ不明瞭なことだ。記述を見る限りそれぞれの時代においてエルダーフェンリルの研究はある程度なされているようだが、その着地点はまちまちで判然としない。そこから弱点を見出せと言われても、正直難しいだろうというのが忌憚のない感想だった。
だから、俺は研究結果からエルダーフェンリルの弱点を分析することを諦める。それもまたそれで貴重な研究資料なのだろうが、それが生きるのはもっと後の話だ。今見るべきは、もっと生々しい記録の方にある。
「……見つけた、戦闘記録……‼」
様々な説とともに紹介される研究のまとめを超えた先に、実際にエルダーフェンリルと対峙したと思われる冒険者、あるいは転生者たちが記した戦闘記録がまとめられた欄を俺は発見する。また風でめくられたときにすぐにわかるように俺はマーカーで線を引き、俺はさっそくそこに記述された文章にかじりついた。
「……やっぱり、強敵だったのか。『英雄』がいなくちゃ、勝利はなかったのか」
研究結果がまちまちだった前の部分とは違い、戦闘記録に描かれた様々な人の所感は大体一致している。『強かった、しかしそれ以上に英雄様が強かった』――確かにわかりやすい勝因だが、それは今この状況を打開するものにはなりえない。……何せ、その英雄が持つべきチートはすべてこの図鑑に集約されてしまったんだから。
「……せめてもっと、当事者に近い記述があれば――」
見守っていただけではなく、実際にエルダーフェンリルと立ち会った人の記録がいる。それならもっと詳しくアレの様子もかかれているだろうし、知識の足しにもなってくれるだろう。……それが英雄の書き残したものであるのなら、それ以上に言うことはない――
「……あっ、た」
そんなことを考えた直後、まるで狙ったかのように俺の眼に一つの記述が飛び込んでくる。――そこに書かれていたのは、『マジで死ぬかと思った』といういかにも親近感を覚えるような言葉で――
「『エルダーフェンリルとガチでやりあった話』……‼」
ほかの記録と違って少し砕けた感じのタイトルを見つめて、俺は背中を震わせる。……それは、間違いなく最前線で戦った英雄――転生者が記したものだった。
さあ、エルダーフェンリル戦に必要なピースもあと少しですべてがそろいます! ハッピーエンドへと猛進していくヒロトたちの姿、ぜひお目にかかっていただければ幸いです!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!




