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第六十八話『数百年の見落とし』

「……ヒロト、これは読めるか?」


 ……ゴーレムを撃破し、遺跡の探索を再開してから少ししてからのこと。ドワーフの居住区を抜けたところで、何かを見つけた様子のミズネが俺を呼び止めた。


「了解、今そっち行くわ。……えーと……『テナント募集中』?」


「てなんと……って、何のこと?」


「聞きなれない単語だな……ヒロト、何か分かるか?」


 どうやらカレスにテナント――もっと言えばショッピングモールみたいな施設もか――という文化はポピュラーではないらしく、ネリンとミズネがそろって首をかしげる。そんな二人に、俺は解説することにした。


「……ざっくりというとだな。スペースを貸すから誰かここで商売しませんか、みたいなことを言ってるんだ。道具屋でも服屋でも、設備さえそろっていれば飯屋だって。どうもこの遺跡、そういう施設を建設したかったっぽいな」


「スペースを貸してそこで商売……なじみのない文化ね。それってつまりどういうメリットなわけ?」


 さすがは商売人の娘と言ったところか、ネリンは不思議そうに首をかしげる。俺も正直に言うとあまり詳しいわけではないのだが、それでもテナントのことを俺しか知らないのだから頑張るしかなかろう。


「つまりだな、お前の実家の宿屋の一角を例えば土産屋にするとしよう。もちろん土産屋のもうけは土産屋にいくわけだけど、そのスペースを貸した分の料金はネリンたちのところに入るわけだ」


「そうね……でも、それじゃ一方的に土産屋が損なんじゃないの?」


「そうかもしれないな。……でも、土産屋を開こうとしてる人に物件丸ごとを借りるだけのお金がないなら話は変わってこないか?」


「……あ、そういうことなの?」


 指を一本立てての俺の言葉に、ネリンははっとしたように目を見開いた。


「そうだ。商売する側は土地を借りるための元手が少なく済んでハッピー、貸す側は土地代が入って来るからハッピー。そう考えると割と悪くない話だろ?」


「なるほど……途轍もなく理にかなったシステムだ」


 片目を瞑ってそう締めくくると、ミズネも納得したかのようにポンと手を打った。割とざっくりめな説明になってしまったが、とりあえず理解してくれたようで何よりだ。


「……で、なんでそれがこんな遺跡にあるかが問題なわけだが……」


「そうよね……ここで英雄は商売をしようとしてたってこと?」


「かもしれないな……もしかしたら、英雄がいた時代には知られていた文化なのかもしれない。エルフの里の大樹は、ヒロトが説明してくれたシステムと似たような原則の下成り立っているからな」


 そう言えば、あの大樹にはいろいろな施設が混在していた。過去の英雄とも面識があったというくらいだし、もしかしたらいろいろと教わっていたのかもな。


「てなんとという言葉が残っているわけではないだろうがな……それよりも、興味深いことが判明したことに対して目を向けるべきかもしれない」


 顎に手を軽く当てながら、考え込むかのようにミズネは目を閉じる。その表情は、どこか悔しげにも見えた。


「興味深い、こと?」


「そうだ。……というよりは、私たちの見落としていた考え方が見つかったといった方が正しいか」


 そう言うと、ミズネは唇を軽く噛んだ。……なるほど、悔しげな表情をしてたのは見落としに気が付いたからだったんだな……


「知識が無きゃ分からないことだし、仕方なかったんじゃないか?そこまで悔しがらなくても――」


「いや、そうでなくても気が付ける条件を私たちは見落としていたんだ。……最初から想定していなかった、というほうが正しいのかもしれないが」


 俺のフォローにも、ミズネは食い気味にそう答えて首を振る。その反応に、俺たちはただ戸惑うしかなかった。


「見落としていた、こと……?」


「そうだ。……ところで二人とも、この遺跡に同じような区画が多いのはなぜだと思う?」


 そう言って、ミズネは唐突に俺たちに話題を振って来る。いまいち要領を得ないその質問に、俺たちはただ首をかしげるばかりだ。しかし、それこそがミズネの求めた反応らしかった。


「……そう、普通はそうなるんだ。『そういうものだ』と、知らず知らずのうちに皆がそう認識していただろうからな。……ただ、それに理由があるとしたら、どうだ?」


「理由が……?」


「そうだ。……ここでもう一つ質問しよう。……この遺跡は、本当に完成されているのか?」


「「え……?」」


 その問いかけに、俺とネリンの声が揃う。それくらい、ミズネの質問は衝撃的なものだった。


「いや、まさか……この遺跡が未完成だって、そう言いたいの⁉」


「いや、まさかそんなこと……でも、テナントが……?」


「そうだ。……今ある酷似した区画がすべてテナントだとすれば……この遺跡に対する前提は、全てひっくり返るんじゃないか?」


 ミズネがゆっくりと、俺たちに一つの可能性を提示してくる。探偵役は、やはりミズネの方が適任の様だった。


「まあ、一つの可能性でしかないが……そう考えれば、一つ疑問が解決するんだ。その疑問を乗り越えたところで、新たな疑問が生まれるだけなのだがな。……まどろっこしいことはやめにして、新しい視点を提供するしよう。そのための基礎知識は整ったしな」


「新たな視点……?」


「基礎、知識……?」


 のらりくらりとしたミズネの一人語りにもついに終わりが見えてきた。俺たちはただそれに聞き入るばかりだったが、どうやらここからが本番らしい。


「……この遺跡は謎だらけだ。解明しようと努力はしてきたが、、それでも分からないことの方が多い。例えば……」


 そこで一度、ミズネは言葉を切る。そして、指を一本すらりと立てて……


「……これほどまでに栄華を極めた文明がなぜ滅びたのか、とかな」


……そう言って、にやりと笑って見せたのだった。

少しややこしい回になってしまったかもしれませんが、いかがでしたでしょうか。ミズネの気づきが何をもたらすのか、次回以降を楽しみにしていただけると幸いです。

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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