第六百八十五話『個VS数』
――この戦いが始まってから、俺はずっと『ある時』を待っていた。
無茶な頼みをしたという自負はある。それが今までの伝統を変えてしまっているという自覚もある。だけど、俺達がこの戦いを切り抜けるには、それが絶対に必要なのだ。
言葉では伝えきれない、もっと別の方法じゃないと正確に意図を示せない。――そんな情報が、俺には必要だったのだ。
「……今です皆さん、できる限りの追撃を‼」
俺についてきてくれた皆にそう指示を飛ばしながら、俺はミズネのもとに向かって全速力でかけていく。それを追い抜くようにして無数の魔術が打ち放たれて、痛みにうめくエルダーフェンリルにさらなる追い打ちをかけんと進んでいた。
その状況だけ見れば相当な優勢だが、全てが順調というわけでもない。取り巻きの魔物たちを倒すのには想像以上の時間がかかっているし、本来ならばここにいるはずの人物の姿が見えない。……その状況を把握するには、この戦いをしのいできた本人に聞くのが一番手っ取り早いだろう。
「……ミズネ、聞こえるか⁉」
たくさんの氷を纏ったミズネに向かって、俺は大声で呼びかける。すると、ミズネはその氷の盾ごと体をこちらに向けてきた。
「ああ、聞こえているぞ。……ゼラのことが気になるのだろう?」
「そうだ。……死んでないよな?」
「私はそう信じているよ。……お前の思い描く勝利には、ゼラの存在が必要なのだろう?」
「当然。……俺が思い描く勝ちまでは、あと二つピースが足りない」
一つはゼラの合流、もう一つに関してはもう俺に介入の余地はないから置いておくとして。何はともあれ、今の俺たちに必要なのは時間だ。何はなくとも、時間を稼がなければ俺たちの勝利はない。
「悪いな、もう少しだけ我慢の時間だ。……ミズネ、行けるか?」
「行って見せるさ。……お前が勝てるというのならば、それを信じないという選択肢は私にはないからな」
氷の盾を一枚俺の方に贈りながら、ミズネは口元をふっとほころばせる。眼をずっと瞑っているから分からないが、きっとその瞳は輝いているのだろう。……その自信に感化されたのか、俺の中にある不安もふっと晴れたような感覚がある。
「……ほんと、ミズネがいてくれてよかった」
「それは光栄だな。……なら、これからもそう思ってもらえるように全霊を尽くすとしよう」
頼もしい宣言を最後に、ミズネは正面を向きなおる。それに合わせて目線を前にやれば、エルダーフェンリルが何かをためるように口元を天に向けていた。
その体に傷こそ負っているが、それが生命力を削っているようにはとてもではないが思えない。ミズネでなくても分かるぐらいに濃い魔力がこの場全体に漂っていて、意識するとそれに呑み込まれて酔ってしまいそうだ。
だけど、俺が倒れるわけにはいかない。皆に前を張ってもらっている俺が、ここで倒れるわけにはいかない。役割を果たせ、それまで耐えろ。……俺だって、先人たちと同じ転生者なのだから。
「……今までの人たちに、恥ずかしいところは見せらんねえよ」
口の中だけでそう呟いて、俺はエルダーフェンリルをにらみつける。それがまるで何かの引き金となったかのように、天を向いていたその顔が俺たちを正面に捉えて――
「……皆怯むな、正面から対抗すれば耐えられる‼」
ここまで耐えてきたミズネが、初めてエルダーフェンリルの暴威に直面する冒険者たちを鼓舞する。……それだけにとどまらず、ミズネの背後から大量の氷の柱が放たれた。
円柱状に成形されたそれは、攻撃しながらもエルダーフェンリルの風を受け止めることに特化した形態だ。その工夫こそが今の俺達には何よりも必要で、それがあることでほかの冒険者たちにも明確な指針が示せる。勝つのではなく負けなければいいのだと、そう理解できる形状をしている。
そうだ、ピースが揃うまでは待てばいい。それはきっと遠い話じゃなく、すぐそこにあるものを手繰り寄せればいいだけだ。……だから、みんなミズネを信じてくれ。
「「「「「「「「「了解‼」」」」」」」」
そんな俺の願いを聞き届けたかのように、冒険者たちの声が地面を揺るがせる。そしてその直後、冒険者たちそれぞれの自慢の魔術たちが無数に作り上げられた。
「ウ……オオオオオーーーーンッ‼」
それに対して何を思うのか、エルダーフェンリルは大きな雄たけびを上げる。今まで何度も聞こえてきたそれは、きっとゼラを吹き飛ばした圧倒的な暴力だ。……でも、こちらがやるのは数の暴力。取り巻きを全滅させた今、それを止められるのは誰もいない――
「……勝つのは、私たちだ‼」
個の暴力と数の暴力が、それぞれの中間地点で交錯する。……この戦いの激しさを証明するかのような暴風が、戦場を駆け抜けた。
分散していた戦場が一つになり、そして戦いはクライマックスへ突入していきます! 果たしてヒロトは望む結末をつかみ取れるのか、最後まで見守っていただければ幸いです!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!