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第六百七十九話『おとぎ話、現実の手足』

 急増で作り上げた鉄の揺り籠を、容赦なく暴風がシェイクする。不十分な故にできた隙間から落ちないように気を張りながら、僕はただ耐えることにだけ意識を集中した。


 しかし、風は宙に投げ出された僕を目がけて強烈に吹き付け続けている。最低限の防御は間に合ったから死ぬことはないだろうが、しかしそれがとてつもなく苦しい状況であることには変わりない。上下が一秒に何度も入れ替わるこの状況はどうしようもない吐き気を催してくるし、自分の中にある器官が自らの居所を失ってグラグラと揺れるのは不快感を強烈に煽ってくる。これが勇み足の代償なのだと理解するには、これらの苦痛は十分すぎた。


「く……っ、はあっ……‼」


 喉の奥からせりあがってくるどろどろとしたものを押しとどめながら、僕は必死に呼吸を整える。空気はいま嫌というほどに僕の周りにあるはずなのに、それの一割も僕の体の中には入ってこない。ただ僕の体を傷めつける暴風として、風たちは僕の周りを通り過ぎていく。


 痛みというよりは、生物として抑え込めない気持ち悪さが僕の中を支配している。体の外側には何一つ傷ができてはいないだろうが、それに反して内側はぼろぼろになっているのではないかという気がしてならなかった。


 僕の体に打ち付ける暴風が、そのあと何秒続いただろうか。そんな簡単な質問にも答えられないまま、地面に落下した僕はごろごろと地面を転がる。……吹き付ける風の勢いを鑑みるに、相当吹き飛ばされてしまったという事だけは間違いなさそうだ。


「……もどら、ないと」


 体が動くことだけを確認して、僕はゆっくりと地面に手をついて立ち上がろうとする。……いや、正確にはしようとした。結果から言うと、その行動は不発に終わった。


「……なん、だよ……?」


 地面に手をつく、そこまではいい。そこまではできるのに、なぜだか力が入らない。かじかんでいる時のように手に伝わる感覚は曖昧で、『力を入れろ』という指令が伝わっているかも怪しいところだ。……そのことが、ひどく腹立たしい。


「立て……立つんだよ……‼」


 手をついて、ぺちゃりと崩れて、手をついて、ぺちゃりと崩れて。まるで何度も何度も記憶を消され続けているかのように、僕は同じ行動を繰り返す。進展なんて一つもなく、あるのは進まない状況へのいら立ちだけだ。


 鉄を操って強引に立った姿勢に戻ろうかとも思ったが、できたところですぐに崩れ落ちるのが眼に見えている。……それに魔力を使うぐらいなら、まだ普通に立ち上がれる可能性を模索した方がまだマシだ。……戦いのため以外に使う魔力なんて、あの場で最も劣っている僕が持ちうるものか。


「くそ……クソ……ッ‼」


 手を立てて、崩れる。また手を立てて、崩れる。理性的にとらえた瞬間気がくるってしまいそうな繰り返しを、しかし僕は繰り返す。まだ僕は倒れるわけにはいかないし、こんな姿の僕を認めるわけにもいかなかった。


――立て、立てよゼラ・フィリッツア。譲れないたった一つの目的のために、力を尽くすと決めたのだろう。……そんな人間が、ここで醜態をさらしていていいわけがあるものか。立って、戦って、勝て。それが、それこそがロアに思いを伝えるための唯一の方法だ。


「僕は……最強なんだろうが……‼」


 最強なんて呼ばれ方をするのは、僕はあまり好きじゃない。だけど、ロアのためならその称号も喜んで受け入れよう。その称号を背負うことで、あの子の隣に立つことができるのであれば。


――しかし、そんな思いとは反して俺の手に力は入らない。思いの力は、実際の力となって手に宿ってくれることもない。……おとぎ話とは違って、世界は意外と薄情だ。


「……ああ、これはまずいな」


 そんな現実に追い打ちをかけるように、そこかしこから魔物の唸り声が聞こえてくる。ほかの面々は僕たちを取りまく魔物たちを倒してくれているようだが、この新手には対応してくれる人がいないようだ。……しばらくすれば、魔物たちは僕を見つけ出して襲い掛かってくるだろう。


 まあ、それはそれでお似合いの結末だ。死に物狂いで手に入れた強さに限界がきて、また地の底に戻るだけ。クソみたいな環境で終わるはずだった命が、あるべき場所に戻るだけ。……そう、今この状況の方がおかしいくらいの幸福だったんだから、ここで終わるのはきっとその報いなのだろう。


 手はまだ動いているけれど、体は立ち上がらない。そんな状況が、僕の心をゆっくり蝕んでいく。諦めに浸していく。……それに抗うことができないのは、僕自身がほかの誰よりも分かっている――


「……水よ、荒れ狂え‼」


「こんなところで、貴方を死なせはしません――‼」


――はず、なのに。


 聞こえてきた二つの声が、僕を取り巻いていた魔物たちを薙ぎ払っていく。僕にあと少しまで迫っていた死が、見る見るうちに遠ざかっていく。……そして、そのうちの片方は、僕が世界で一番きれいだと思う響きを伴っていて。


「……やっぱり、僕にとっては君が最強だよ」


――そんな言葉が、自然と口からこぼれた。

 さあ、ここから話は大きく動いていきます! ……が、次回は少し時間を巻き戻し、ゼラを助けに来た二人の同行に迫るお話になるかと思います。まだまだ盛り上げていきますので、ぜひぜひ楽しんでいただければ幸いです!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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