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第六百七十話『分岐する戦場』

 それぞれの役割を背負いつつ、戦場は細かく分岐していきます。それぞれの思いが交わりながら進んでいく戦場、ぜひ見守っていただければ幸いです!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

 相手からしたら、それはただ前足を振り下ろしただけなのだろう。それこそ犬が『お手』をするような、なんてことのない一振り。もしかすると、これを攻撃だとすら思っていないかもしれない。


 だが、それが生み出した世界への影響は深刻なものだ。大きく発達した爪は地面を大きくえぐり取り、叩きつけられた衝撃でまた暴風が吹き荒れる。……前線に立つ二人は直撃こそ回避していたが、また大きく距離を取らざるを得ない状況に追い込まれていた。


「……相変わらず、とんでもない火力だな……‼」


「そうですね。……災害の化身とか言われても納得できるぐらいだ」


 俺の周りに立って魔物たちの襲撃を警戒してくれているヴァルさんの評に、俺は唸り声を上げることしかできない。この世界に来てから割と魔物は見てきたつもりだが、それでもなおエルダーフェンリルは規格外というか、カテゴリーエラーを起こしているような気がしてならなかった。


 あれは魔物というより、もっと神聖な何かに近かったりするんじゃないだろうか。それこそ、異世界転生並みの魔力がなければ顕現できないような――


「……いや、んなことはいいんだ」


 頭の中に浮かんできた畏怖と言ってもいい感情を、俺は首を振ることでどうにか抑え込む。それがあっているにしろ間違っているにしろ、目の前にいる奴を倒さなければいけないことだけは変わらないのだ。……なら、そのためだけに思考は使わなければ。


 その点、全線で戦う二人は流石としか言いようがない。唐突に振り下ろされた一撃を回避することで距離こそ開いたが、すでに体勢は整えられている。心が折られることなんてなく、ただ反撃の機会をうかがっていた。


 一方のエルダーフェンリルはと言えば、まだその本体を濃い靄の中に隠している。しかし、攻撃に使った右足だけははっきりと露出していた。


 二人の攻撃が効いているかいないかはともかくとしても、二人の行動に対してエルダーフェンリルが何かしらの反応を示したということは事実だ。……無反応ではいられないぐらいの攻撃を加え続ければ、いつかは命に食らいつくことだってできるかもしれない。


 だが、それをするためにはいろいろと邪魔なものが多すぎるな。……そろそろ、俺も司令塔以外の仕事を見つけなければいけないときかもしれない。


「……二人とも、アイツの相手は任せていいか!?」


 身を低くして突進するタイミングをうかがう二人に向かって、俺は大声で叫ぶ。……すると、二人はちらりとこちらを振り向いた。


「ああ、こっちは任せてくれ! 無理はしないから心配するな、何かあったら一時撤退する!」


「僕も同じ方針だ。……露払いは、ほかの面々に任せるよ」


 そうして俺の提案に同意を示して、二人の視線はすぐさまエルダーフェンリルに戻される。相手側からすればまだ脅威という認識ですらないのか、様子をうかがう二人に仕掛けてくるような様子はなかった。


 一回はミズネに出し抜かれて凍り付かされているというのに、まるでそれを忘れたかのような慢心っぷりだ。……まあ、本当に記憶してない可能性すらあるのが恐ろしいところだけどな。


 だが、それを考えるのもまた後の話だ。……まずは、俺たちにできることを優先して片付けていかねばならないだろう。


「……ヴァルさん、行きましょう。俺たちの役割は露払いです」


 俺の背後に目を光らせていたヴァルさんにそう声をかけて、俺は狼と向き合う二人とは反対方向に歩き出す。その行動にヴァルさんは少し戸惑ったような様子を見ていたのだが、散歩ほど遅れたところで俺の方について歩いてきた。


「……大丈夫なのか、二人だけで?」


「今のところ、俺たちがあの場所でできることはそう多くありませんから。……だったら、二人の戦場を邪魔しようとする奴らを殺した方がよっぽど貢献できると思いまして」


 腰に差した短剣に手を触れながら、俺はヴァルさんの疑問にそう答える。ムルジさんをはじめとした十数人の冒険者たちは俺よりも先に露払いに取り掛かっていたが、それでも魔物の量を減っていない様だった。


 とてつもない数なことは間違いないが、それでも無限湧きなんてことは現実的に考えてありえないだろう。……なら、全てきれいに片づけてやろうじゃないか。


「一匹たりとも、ミズネとゼラのところには行かせません。……ムルジさん、手伝ってくれますよね?」


 短剣を抜き放って、俺は正面に迫る猿のような魔物をにらみつける。すると、隣からも重厚な金属音が聞こえてきて――


「当然。真剣勝負の舞台に水を差すなんて、あっちゃならねえことだからな!」


 俺の背丈ほどはあろうかという大剣に炎を纏わせ、ヴァルさんは不敵な笑みを浮かべる。……そうして、俺たちにとっての本当の戦いは幕を上げた。

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