第六百六十三話『最高の舞台のために』
少しだけ弱っていた俺の心が、ロアに遭遇したことで火を入れられたかのように勢いを取り戻す。やり抜かなければならない理由をもう一度見つめ直して、俺の思考が再び活性化し始める。……一つでもやれることを探して、俺は王都を当てもなく歩いている。
「……ロアには、少しばかり悪いことをしちゃったかもしれないけどな」
俺の言葉を少し泣きそうになりながら聞いていたロアの表情を思い出して、俺は頭を掻く。明日、ロアはちゃんと俺たちの戦いを見届けてくれるだろうか。……そこから、何かを見つけ出してくれるだろうか。
「……見つけ出せる舞台に、しなくちゃな」
役者は揃った、観客にチケットも配り終わった。……あとは、少しでもいい演出をするだけだ。誰もが笑ってこの作戦を振り返れるようにするための、ドラマティックな演出が要る。
そして、それを考え出すのは間違いなく俺の仕事だ。今の状況ではまだ足りていないと、火を入れられた俺の脳みそがしきりにそんな結論を出す。あと半日間でやれることがあるはずだと、俺は俺自身を叱咤激励していた。
と言っても、今更戦力増強に踏み込んでも付け焼刃になるだけだ。なら情報共有ができる範囲でとどめた方がいいし、俺自身の戦闘力も劇的に変わるわけじゃない。悲しいかな、舞台の幕が上がれば俺は脇役に過ぎないのだ。
「だから、あと半日。あと半日だけ、全力を尽くせ」
自分に改めてそう言い聞かせて、俺は王都でも一にを争うぐらいに大きな通りを歩く。真昼の大通りには賑わいが満ちていて、充魔期で少し経済が縮小しているだなんて思えなかった。
俺たちがクエストをクリアしたことによって、少しぐらいは商人たちの馬車も来れたりしているんだろうな……。それが賑わいの戻りにつながっているなら、俺としてもこれ以上に嬉しいことはない。
そう思えるからこそ、俺は商人たちも巻き込んでこのクエストを大きな祭りにしてるんだからな。ゼラとロアのデートスポットとしても、充魔期の幕引きを告げる分かりやすいイベントを実現するきっかけをくれたクレンさんには本当に頭が上がらない。
俺たちの作戦が終われば、その瞬間に充魔期も終わる。失敗した時のことなんて考えてないし、そんなものこれからも考えるつもりはない。恐れや不安がないわけじゃ決してないにせよ、それを考えても作戦が煮詰まっていくわけじゃないしな。
「なあなあ兄ちゃん、リンゴ興味ないか? 取れたての新鮮ものだぜ!」
あれやこれやと考え込んでいると、左側から威勢のいい男性の声が聞こえてくる。ふと思考を止めて視線をそちらに向ければ、そこには言葉通り新鮮そうな赤いリンゴがあった。
「リンゴか……確かに、しばらく食べてないな」
「そりゃもったいない、ウチのリンゴは絶品だぜ? ほら、今なら三つで二つ分の値段になるおまけつきだ」
俺が足を止めたことで、男性はさらに勢いづいた様子でリンゴをもう一つ手に取る。やっぱりそれもみずみずしくて、このままスルーするのはなんだか惜しい気がした。
「……それじゃ、もらおうかな。四つ準備してもらっていいか?」
「ああ、もちろんできるぜ! もしよければ三つ分のお値段にしとくが、どうする?」
「じゃあそれで。一個分おまけしてくれるの、すごくありがたいしな」
俺の要求に対応して変更してくれたサービスに乗っかりつつ、俺は懐から財布を取り出す。その姿に目を輝かせながら、男性は小さな袋を手に取った。
「……兄ちゃん、冒険者だろ? 最近噂になってるぜ、『とんでもない大作戦を成功させようとしてる黒髪黒目の冒険者がいる』って」
財布の中の硬貨を数えていると、唐突に男性がそんなことを言う。俺が思わず顔を上げると、男性は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「お、その様子はビンゴって感じだな? 商人同士のネットワークは強いからな、変わった奴がいるとすぐに噂は広まるんだよ」
「……へえ、それはすごいな。お互いがライバルだし、そういう横のつながりはあまりないもんだと」
「全然そんなことはないぜ。というか、むしろライバルだからこそ繋がりは強いといってもいいな。……お互いが同じ条件でできなきゃ、ちゃんと商才で上回ったって言えないだろ?」
唸り声を上げる俺に対して、男性は誇らしげにそんなことを言ってくる。想像と真反対な答えが返ってきて、俺はさらに驚くことになった。
それは蹴落としあいというよりは、より真摯なスポーツのような印象だ。全員が平等に情報を持ったうえでもたらされる勝敗はきっとさわやかなもので、悔しさこそあれ恨みを持ってこの王都を去る商人はいないんじゃないかとまで思えた。……もちろん、全ての商人がこういう考えをしてくれていたら、ではあるのだが。
その話を聞いて、俺の中で一つ思いついたことがある。直接成否に関係するものではないかもしれないが、間違いなくあった方が嬉しいものだ。当日はみんなやるべきことがありすぎるから実現は難しいと思っていたのだが、もしかしたら。
「……なあなあ、一つ頼みごとをしていいか? お前たちのそのつながりを活かして、やってほしい事があるんだよ」
「……へえ、唐突に面白そうなことを言うじゃねえか。商人に交渉を持ち掛けるってことは、こっちにも利があることだとみていいんだよな?」
「もちろん。お前たちだからこそできる、皆が得することだよ」
興味を示してきた男性の方に一歩歩み寄って、俺はとっさに思いついたアイデアを耳打ちする。……すると、男性の口角がにんまり吊り上がって――
「……面白いじゃねえか。分かった、一応話だけは流してみることにするよ」
「ああ、それだけで十分だ。……せっかくの一大イベントなんだ、オープニングから盛り上げないとな?」
首を縦に振った男性に、俺も笑顔を返す。……これでまた一つ、俺の作戦が巻き込む範囲は大きくなったといってもよかった。
ロアの姿に活を入れられつつ、準備編もあと五話ほどで終わりを迎えることになるかと思います! 王都編のクライマックスを務める一大イベント、ぜひ期待いただければ嬉しいです!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!