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第六百六十一話『思いかけないタイミング』

 雪だるま式に、なんて言葉がある。とある一つの行動が一つの変化を招き、その変化が招いた変化がまた別の変化を招き――という風に、気が付けばとんでもないところまで話が大きくなることを指す言葉だ。俺が体験しているのは、まさにその典型なのではないだろうか。


 一人になった宿の自室で、俺はふとそんなことを想う。英雄を超えるための戦いなんて言ってしまえばまたきれいに聞こえるが、要は前例よりも厳しい戦いを強いられているというのとほとんど変わらないのだ。そのハードルの跳ね上がり方を、生憎にも俺は想定していない。


 もちろん、雪だるま式に話が大きくなっていったのは狙い通りのような側面もある。ロアを引っ張り上げるにはそれだけのことをしなければならないということも何となくわかっていた。……だが、それがまさか俺自身にも意味を持って帰ってくることになるとはとてもじゃないが想像できないことだ。


「……チートなしで、先人と同じことをしなくちゃいけねえんだもんなあ……」


 いっそ眩しすぎるぐらいに白い天井に視線を向けながら、俺はため息とともに言葉を漏らす。チートに頼らないでの討伐作戦、確かに傍から見れば悪くない構図だ。誰かのワンマンプレーで作戦を成功させては伝えたいことの半分も伝わらないし、ロアを引っ張り上げるという結果にはたどり着けない。……だが、少々目の前に横たわったことの意味は大きすぎやしないだろうか。


「やめるとか諦めるとか、そういうつもりは毛頭ねえけどさ……それにしたって、いろいろ考えちまうところはあるよな」


 何もない天井を見るのが嫌になって、俺は体をはね起こす。このままこの部屋で考えて居てもネガティブな方向にしか考えがいかなそうだし、そうなれば明日の士気にもかかわる。それが何でもいいから、外に出て何らかのイベントにぶつかりたかった。


「犬も歩けば棒に当たる、ってな」


 冗談めかしてそんなことを言いながら、俺はドアノブを捻る。軽い感触とともにドアが開いて、どこか高級感のある廊下へと出た。


 隣の部屋の扉からは、ネリンたちのものと思しき声が聞こえてくる。真剣なような、だけど少し朗らかなような。……少なくとも、俺より緊張しているなんてことはなさそうだ。


「……多分、こんなに緊張してるのは俺だけなんだろうな……」


 三人がいる部屋の前を通り過ぎつつ、俺はロビーへと向かう。その間にも、かつての転生者の功績を超えるということの重みがずしっとのしかかってくるかのようだった。


 あまり話す機会もないし話せる人も少ないが、俺は転生者に対して尊敬の念を向けている。その足取りを追えたのは四百年前の一人だけだが、その人がやったことは間違いなくこの世界にとっても大きな意味を持つことだ。『楽しく生きてくれ』なんてメッセージまで残すほど優しいその人のことを、俺はどうしても上に見ずにはいられなかった。


 ほかの二人にしても、フィクサさんが言うには英雄としてこの国に存在を刻んでいる。異世界人であることを大っぴらにして、そのうえで皆の信頼を勝ち取って。……その時点で、俺よりすごいことに間違いはないのだ。


 そんな三人の転生者を、俺が超える? ……いつか遠い未来の話ならまだしも、今ここで?


「……できるのかねえ、そんなことが」


 階段を滑り落ちないように注意しながら、俺はため息のように再び言葉を紡ぐ。ちょうどすれ違った人がもの言いたげな目でこちらを見つめていたが、その言葉を正確に聞き取れているかも怪しいだろう。というか、聞き取っていない方が都合がいい。


 フィクサさんから話を聞いた瞬間、エルダーフェンリル戦は俺にとって別の意味を持つものになってしまった。あの狼の背中には、今までの時代を生きてきた転生者たちの影がある。……俺にしか見えない、大きな大きな影がある。


 俺だって胸を張ってこの世界を生きていくつもりだし、今までの転生者と自分を見比べてうじうじするのが生産性がない事だってのも分かっている。……だが、それは今じゃないのだ。何らかの形で先人たちを超えるにしたって、それに適したジャストタイミングってのは確実に存在するものなのに。


「……なんつーか、ラスボス自ら出向かれた気分だな……」


 どこにクレームを出せばいいか分からないような愚痴をこぼしながら、俺は宿のエントランスへとたどり着く。別にどこに行くとかは考えて居ないが、ここからどこに行くにしたってあの部屋で考え込んでいるよりはましなものに出会えるだろう。……何だったら、ここで何かイベントがあっても歓迎するぐらいで――


「……あ」


――そんな俺の願いが汲み取られたのか、一人の少女が俺の方を見て息を呑むような声を上げる。……それに対して俺も少しだけ身体をこわばらせたのちに、笑みを浮かべた。


「おう、お前がこんなところにいるとはな。……何か探し物か、ロア?」


 ロア・バルトライ。作戦決行前に、一度はあっておかなければいけないと思っていた人。普段ならきっと今も修行に明け暮れているであろう勤勉な少女が、どういう事情かエントランスに現れていた。

 久しぶりのロアとの対面は、悩めるヒロトに何をもたらすのか! 着々と近づく作戦決行の時、見守っていただければ嬉しく思います!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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