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第六百五十九話『先人たちの足跡』

――異世界転生という現象がどれだけの規模の魔術に当たるのか、それを知るのはきっとあの神様だけだ。聞いたら答えてくれるのかもしれないが、そのためだけにずっと使ってこなかった神とのつながりを使うのもなんだか腹が立つ。……というか、そんなことをしなくても状況証拠があまりにも揃いすぎていた。


「伝承では、二ホンからくるものは全員黒髪黒目であり、そして異能を有していたと聞く。四百年前に初めて起きた充魔期の記述では一人の少年が大規模な魔術を乱発して魔物を撃退する様が語り継がれていたし、二百年前の充魔期を収めた英雄は常に黒い片手剣を携えていたそうだ。そしてその記録を整理した百年前の英雄は武力こそその二人に劣るが、物事の本質を見抜く目に長けていたという記述が残されている」


「……なるほど。……それと比べちゃうと、俺に特別な力なんてものはないかもしれないですね」


 声を震わせながら、俺はフィクサさんの羅列する事実にそう答える。図鑑という特別なアイテム自体は持っているのだが、それはきっと今のフィクサさんが望んでいるような力ではない。その情報だけを頼りにするなら俺は通算で四人目の転生者となるのかもしれないが、並び立つにはあまりにも能力が貧弱すぎる――


「……ああ、別にお前を異世界人だと疑っているつもりはないぞ? 黒髪黒目の人間は珍しいが、決していないわけではない。西の聖王国にお前のような姿のものが現れた時は、『英雄の帰還だ』ととてつもなく祭り上げられるらしいがな。……まさか、お前が王族の血を引いているなんてことはないだろう?」


「そりゃもちろん。俺は正真正銘一般家庭の出ですよ」


 まあ、日本の――ではあるのだが、それを今言い出しても何にもならない。フィクサさんが首を突っ込んでこないなら俺もこれ以上藪をつつく必要はないし、蛇が出る前に話題は変えるべきだろう。


「……つまり、充魔期についてあまり話せないのは異世界人が絡んでるのが原因ってことですか。根拠の薄い話になっちゃうし、ただ噂が独り歩きするだけだからって」


「まあ、大体はそういう認識で構わないな。いくら情報がそろっているとはいえ胡乱なアナウンスはできないし、ほかの可能性を探って研究を続けている学者もいる。それに水を差す必要はないというのが、儂まで続く考え方であったのだろう」


 顎に手を当てながら、フィクサさんは俺の問いかけを肯定する。……そして、話は本題であるエルダーフェンリルの方へと移っていった。


「充魔期に突入すると王都の周辺はいろいろと変化するが、その中でも最も顕著なのがエルダーフェンリルの存在と言ってもいいだろう。あれは充魔期の時にしか現れず、奴が討伐されれば充魔期も終結する。……まあ、討伐と言っても死体を残すことはないのだがな。だからこそ研究が進まず、ただ文献から知識を探ることしかできぬ」


「……なるほど、それでエルダーフェンリルのことは王都だけが把握してたってことなんですね。それにしても、どうしてそろそろ出てくるって分かったんですか?」


 ギルドの受付さんが提示してきた日時は流動的なものではなく、あくまで明日の日時を指定死している。情報不足ならその予測も難しいだろうし、断言したのには何らかの裏があるとしか思えないのだが――


「ああ、それに関しては記録に従ったまでだ。……かの狼は、充魔期が始まってすぐに一度、そして十薪が始まってから十五日後に一度出現する。……そして、充魔期が始まってから今日でちょうど二週間だ」


「だから明日出現する、か。……ちなみに、それは倒さないと消えないんですよね?」


「ああ、記述を見るからにはそうだな。……大きなダメージを与えた時、死ぬ前に消えていったという記述がないでもないが、どちらにせよ多大な武力が必要になることには変わりない」


 続けざまの俺の問いかけに、フィクサさんは重々しく首を縦に振る。……それを見て、俺はひそかに戦慄した。


 四百年前の転生者が無限の魔力を特典として得ていたことは、バロメルの遺跡で明らかになっていることだ。話を聞いている限り、二百年前の人は魔剣で、百年前の人は鑑定眼という風になるのだろうか。……どれにしたって、図鑑よりはよっぽど武力になることは間違いないだろう。……それで撃退しかできていないとなると、やはりエルダーフェンリルの耐久力はどうしようもなく高いということになるわけで。


「……ヒロト、どうした? 顔が強張っているが」


「……いえ、何でも。思った以上に歯ごたえのある作戦になりそうだなと、そう思っただけです」


 しかし、そのことを伝えるには俺が転生者だという情報が足りていない。そこをぼかそうとするならば、結局のところそういう風に伝えるしかなくて。


「ああ、その通りだな。……王都の、そしてヒロトの力を見せる場としては、これ以上ない舞台だ」


 当然意図はまっすぐに伝わらず、フィクサさんは不敵な笑みを浮かべるばかりだ。……それに応えるようにして俺も笑みを浮かべてはみたが、言い知れない不安感が俺の胸の裏に張り付いているかのようだった。

 少しだけ作戦に不穏なものが立ち込めるなか、作戦前最後の一日は進んでいきます! 果たしてヒロトはどんな手を打つのか、楽しみにしていただければ幸いです!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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