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第六百五十八話『充魔期に関する一考察』

――背筋が凍る。予想外のところからその言葉を聞くのはこんなにも恐ろしいのかと、俺は初めて実感した。


「……異世界、人?」


 声が震えるのを必死に抑えて、俺はあくまで知らないふりをすることを決める。幸いなことに俺の口調をとがめることもなく、フィクサさんは首を縦に振った。


「ああ、そうだ。……この世界のほかにも異なる摂理を持った世界が存在するなど、眉唾物の話ではあるのだがな。……充魔期の歴史を知る人間としては、その事実を笑うことはできないのだよ」


 神妙な口調で、こめかみを抑えながらフィクサさんはそう続ける。その口ぶりからすると、心から異世界人という存在を信じているわけではなさそうだった。


 だが、フィクサさんたちだけが知っている情報がそれを信じざるを得ない状況に追い込んでいるというのもまた事実のようだ。俺が無言で次の言葉を待っていると、フィクサさんはゆっくりと重い口を開いた。


「充魔期というのは、世界に蓄積される澱んだ魔力の量が急速に増える時期のことを指す。よどんだ魔力を積極的に浄化するために、魔物という形に変えて世界に排出するという理が加速する時期、ともいえるわけだな。澱んだ魔力の量が増えるからこそ魔物の量は増え、一体ごとの力量も上がる。……数十年から数百年のうちに一度起こるぐらいだとされる、稀有な現象だよ」


「……確か、冒険者の人たちもそれくらいは知ってるんでしたよね。……ですけど、それと異世界とやらにどんな関係があるんですか?」


 あくまで異世界人である事実は悟られないようにしつつ、俺は先を促す。それに小さく頷くと、フィクサさんはこめかみに手を当てた。


「……時にヒロト、充魔期はなぜ発生すると思う?」


「……え? いや、だから澱んだ魔力が増えて――」


 まるでさっき話したことの復習問題かのような問いかけが飛んできて、俺は困惑しながら答えを返す。しかし、それにフィクサさんはかぶりを振った。


「ああ、『原理としては』それで正解だ。……だが、そこからもう一歩踏み込んで考えてみてくれ。……なぜ、澱んだ魔力の量が唐突に増えるのだ?」


「……なる、ほど?」


 確かに、言われてみると不思議な話だ。澱んだ魔力は普段から魔物という形で世界に排出されているわけだし、蓄積されたものが爆発した結果だというのも考えづらい。なら、なぜ澱んだ魔力は急速にその量を増やすのか――


「……一つ、儂からヒントをやろう。澱んだ魔力というのは、世界において魔力が消費されることによって発生する。冒険者が魔術を使うたびに、魔道具工房が一つ魔道具を作り上げるごとにそれは発生する。……つまり、それが増えるということは?」


「……どこかで、大規模な魔力の消費があった……?」


 二酸化炭素みたいだな、なんて感想を抱きながら、俺はフィクサさんの問いに応える。それに趣向で返すと、フィクサさんは一本指を立てた。


「ああ、察しがよくて助かる。……ならば、その大規模な魔力の消費とはなんだ? 数百年に一度しか発生しない大規模な現象など、いったい何があるというのだ?」


「……確かに謎、ですね……。そんな長いスパンでの現象、一人が起こしてるわけではないでしょうし」


「その通りだ。だからこそ、充魔期が発生する理由にはほぼ見当がついていなかった。……三例目が発生する、百年前までは」


 俺の同意を受け入れつつ、話はもう一歩前に進んでいく。俺が思わず息を呑むと、それを待ったかのようにフィクサさんも小さく息を吸い込んだ。


「……過去三度の充魔期は、いずれも異常事態として資料が残されていてな。それらはしっかりとこのバルトライ家に保管されている。三度目の充魔期を受けて当時の研究者が過去の資料と照らし合わせた時、それらにはとある法則性があることに気が付いたのだ」


「法則性、ですか」


「そうだ。……過去三度の充魔期はいずれも楽にしのげたとは言わないが、しかし特段大きな被害が出ることもなく終わっている。……そして、その中心にはいつも黒髪黒目の人物がいたというのだよ」


 ちょうどお前のようなな、ヒロト――と。


 一度は緩んだと思しき疑いの視線が、再び俺の方に向けられる。……俺はただ無言で、その先の話を待つしかできなかった。


「そして彼らは、話によれば『二ホン』という異世界から来たのだと名乗っている。過去の人物が脚色した話だという噂もあるが、そもそもこの情報はバルトライ家の外に出ていないものだ。偶然の一致にしてはできすぎている。……そこで出てくるのが、先に話した異世界の話題だ」


「……なっ、なるほど。そこで話が戻ってくるん、ですね?」


 話が確信に戻ってくるのを感じて、どこかに行っていてくれた震えが再び戻ってくる。それに何を見ているのかは分からないが、しかし問い詰めないでくれるなら今はそれで十分だ。……しかし、その両目で見つめられることのプレッシャーは半端なものではない。


「……仮に、仮にだが、二ホンという異世界から人間がこの世界に移動してきたとしよう。当然常人にできるはずもない、神の御業とも言っていい所業だ。……無論、それが本当に神のやることなのかははなはだ疑問なのだが――」


 その視線は一切俺から逸れないまま、フィクサさんは話を進める。……そして、ここがクライマックスだと言わんばかりに大きく息を吸い込んで――


「一人の人間を別世界から転送するというのが、あまりに膨大な魔力を消費することだというのは想像に難くない。……ならば、充魔期というのは世界間転送を行った反動で起こったものなのではないか?」


 ……疑問形で締めくくってこそいたが、その口ぶりには確信が宿っている。……実際、その理論を否定することはできそうにもなかった。

 フィクサの推論に対して、果たしてヒロトはどう出るのか! 様々な謎も解けながら王都編は終着に向かいつつありますが、まだまだ波乱含みの様子を楽しんでいただければ幸いです!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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