第六百四十七話『別行動の意図』
「……それじゃ、あらためて確認するぞ。この計画を実行するまでにあまりうかうかしていられない以上、今日で話の大筋を詰めておくのがかなり重要になってくるからな」
決起集会から一日明けてのこと、早朝から俺たちは宿のエントランスの片隅にあるテーブルでネリンたちにそう切り出す。珍しく人の気配が少ないその空間で、三人は神妙な表情で頷いた。
「私たちが王都に滞在できるのにも限りがあるし、そもそも充魔期がいつまで続くかもわからないものね。……あいや、充魔期が早く終わることに越したことはないんだけど」
「それでも、充魔期が終わればクエストの難度が大きく下がることにもつながりかねない。……それを回避するのが、今日のボクたちに与えられた責務ってわけだね?」
慌てて付け加えるネリンに同意するような形で、アリシアが俺に確認を取る。寝起きにもかかわらずフル回転してくれているその頭脳をありがたく思いながら、俺はその問いに応えた。
「ああ、そんなところだ。ほんとだったら俺もそこについていきたいんだけど、ちょっと俺は別の用事があってな。今日はクレンさんと一緒に行動だ」
「……そういえば、あの方の足取りも分かっていなかったな。もしや、秘密裏に協力を要請していたのか?」
「秘密裏……っていうと、少し違うんだけどな。ちょっとクレンさんと顔を突き合わせる機会が多くて、それをきっかけにしてクレンさんに頼みごとをしただけだし。ほかにもやることがあるはずなのにちゃんと成果を出してきてくれて、もうあの人には頭が上がらねえよ」
ミズネの質問に手を横に振りつつ、俺は少しだけ嘘を織り交ぜて答える。いくら立ち直るきっかけになったとはいえ、あの時の問答のことを知られるのはまだ少しだけ恥ずかしいからな。それを笑い話として語れるのは、俺がもっと大きくなってからの話だ。
実際のところ、あのやり取りの後もクレンさんが俺のことを気にかけてくれたからこそ計画は大きくできたわけだからな。その心配りには感謝するしかないし、これからも思い切り頼らせてもらう所存だった。
「大丈夫よ、クレンもきっと楽しんでるし。お祭りごととかサプライズとか、何ならアイツが一番喜びそうな催しだもの」
「子供心を忘れていない、いい年の取り方だよね。ボクもああいう風に成長していきたいと切に思うよ」
過去にクレンさんと何かあったのであろうネリンがそう言いながらため息をつき、その隣でアリシアが目を輝かせる。……確かに、アリシアとクレンさんのスタンスにはどことなく似通っているようなものがある気がした。
アリシアが遊び心を忘れるところは想像がつかないし、いずれはクレンさんみたいなことをやることもあるんだろうな……。どういうわけなのか、その隣でげんなりとした表情をしながらその補佐をするネリンの姿もはっきり見えてしまったわけだが。
どんな形であれ誰かの憧れになれるクレンさんの存在は、やはり立派な存在だと言えるのだろう。書くいう俺も、クレンさんの真剣な一面に憧れているうちの一人だった。
「……それにしても、お前はいったい何をしに行くんだ? クレンの力を借りるあたり、普通のことをする気がないんだろうというのは大体想像がつくが――」
そんなことを考えていると、ミズネがそう言って首をかしげる。普通じゃないことをするためにクレンさんの力がいるみたいな評価がミズネの中で定着しているのが少し面白かったが、まあ実際その通りだ。……今から俺がやろうとしていることは、クレンさんの力がなければ絶対に実現できなかっただろう。
「ああ、まあ普通のことはしないな。……というか、まだ本格的に許可が出たかもわかってない。今日中に成果が出なかったら、その時はスパッと諦めてメンバー勧誘に切り替えていくさ」
不思議がるミズネに対して、俺は気楽な調子でそう返す。事実ロアを引っ張り上げるために絶対に必要かと言われたら決してそうではないイベントだし、これは俺がやりたいと思ったからやろうとしているだけだ。……だから、ここまで具体的な内容を言おうとはしてこなかったんだけどさ。
「……ヒロト、もう少し具体的なことを話していいんじゃない? 今のアンタが時間を無駄にするとは思えないけど、それはそれとして心配にはなるものなんだし」
俺とミズネのやり取りを見て、ネリンがそんな風に横やりを入れてくる。一応おれをしんぱいするふうを装ってはいたが、その目には隠し切れない好奇心がしっかりと宿っていた。
……まあ、今ならもう言ってもいいか。もう別行動は決定したようなものだし、計画自体は後戻りできないところまで来ているし。……仮に止められたとしても、もう行かないって選択肢は消え失せているんだから。
「ああ、そうだな。クレンさんの力を借りてまで俺が何をしようとしてるのか、ちゃんと説明しよう」
ネリンに向かって頷きを返して、俺は小さく咳ばらいを一つ。……そして、少し緊迫した表情で俺の方を見つめている三人をぐるりと見まわした。
「――フィクサ・バルトライ。今の王都のシステムを作り上げたバルトライ家の天才にして、ロアのおじいちゃん。……その本人と、直接お話をしてみようと思ってさ」
クレンさんなら連絡を取ることだってできるだろ?――と。
――できる限り世間話のような調子を装って、俺は軽い調子でそう告げる。……しかし、そうまでしてもなお三人の目はそれはそれは大きく見開かれていた。
壮大なものになり始めた計画ですが、時間制限がついているものであることは間違いありません。そんな中でロアの祖父との対談をもくろむヒロト、その真意とはいかに! まだまだ加速する王都編、ぜひお楽しみください!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!