第六百三十四話『同じ思いがあるのなら』
「拠点……か。お前が何を考えてるかわかんねえが、何かどでかいことをやろうとしてるんだな?」
「はい、それはそれは壮大な計画を。……たくさんの人たちの力を借りて一人の頑固者を振り向かせる、最高に大掛かりなことをやるつもりですよ」
楽しそうに、しかし真剣な目つきを崩さないまま問いかけてきたマスターに、俺も笑みを返しながらそう答える。どこまで行っても俺の計画は私欲がスタートラインにあって、たった一つのメッセージを伝えるためにとんでもない大回りをしていることの自覚はあった。
「もっと具体的に言うと、俺は今から王都最難関クエストをクリアするためのメンバーを集めるつもりです。俺自身はそんな実力も知恵も経験も足りてないけど、だけどみんなの力を借りれば不可能なことじゃないんだって、誰かの力を借りることは悪なんかじゃない、それは弱さなんかじゃないって、ロアに一番わかりやすい形で伝えるために」
「なるほどな、だからお前さんが旗振り役になるってことか。……ということは、真の実力者はそっちの坊主だと思っていいんだな?」
俺の計画に唸り声をあげながら、マスターは沈黙を守るゼラの方へと水を向ける。それに対してゼラは首を縦に振ると、目つきを鋭くしながら答えた。
「……はい。大体の魔物なら、僕一人の実力で相手できると思います」
「ははっ、そりゃ大した自信なこった! そこまで胸を張れるような奴を引き込めてるなら、無理してほかのやつらを勧誘する必要もねえんじゃねえのか?」
愉快そうに笑いながらも、マスターはまたもや痛いところをついてくる。ゼラ一人の力があれば大体のことが解決できてしまうのは確かな事実だし、それを否定することはできない。……なんて言ったって、ロアの今の考えの根底にあるのはゼラが無双しているときに見せた姿なのだから。
だから、俺はそれを否定する必要がある。それだけが強いということではないと、ただ一人で完結することだけが才能ではないと、俺はロアに伝えなければいけないのだから。……だから、俺は首を横に振った。
「……いいえ、それは違います。ロアの凝り固まった考えをほぐすためには、できるだけ多くの人を束ねて一つの大きな問題に挑む必要がある。ロアを助けたいと思ってる人はこの街にたくさんいるってことを、俺はこの目で見てきました。……マスター、あなたもそのうちの一人のはずだ」
俺が最後に付け加えた指摘に、マスターはふっと目を見開く。それを俺の想像があっている証拠だと踏んで、俺はさらに付け加えた。
「……俺の計画を成功させるには、たくさんの人の思いを束ねないといけない。だけど、それはギルドでするべきことじゃないんです。……だからこそ、あなたの力が借りたい。同じ思いを抱いている人たちが、迷わないで同じ旗のもとに集えるように」
俺が描く理想に賛同してくれる人たちが集うためには、その空気感を共有できる場所が必要なのだ。俺が考える中で最もその場所にふさわしいのが、マスターが作り上げたこの店だった。
「わがままな動機だってのもわかってるし、身勝手な要求だってのもわかってます。……だけど、あなたにロアのことを想う心があるのなら。……あの頑固者に、誰かの優しさを受け入れるっていう優しさの形を理解してほしいと思ってくれているなら」
そうであるならば、俺とマスターは手を取り合える。……たった一人の少女のために、協力し合える。……その未来を夢見て、俺はマスターに手を伸ばした。
「……この手を、取ってください。後悔は、絶対にさせません」
まっすぐにその目を見つめて、絶対に視線を外さない。それが俺の覚悟の表れであり、この計画にかける俺の意思を示す最も簡単な方法だ。……簡単だからこそ、俺は決してそれをやめようとは思わない。……あとは、その思いにマスターが共鳴してくれることを祈るだけだ。
マスターはといえば、俺の方を見たりゼラの方を見たり、あちこちへと頼りなく視線をさまよわせている。もちろんその間も、俺はマスターをまっすぐ見据えることをやめなかった。
「……敵わねえな、若さってやつには」
そのまましばらくして、マスターは力ない声でそうこぼす。それに気づいて目を一段と見開くと、マスターはへにゃりと笑みを作った。
「俺もずいぶんとわがままな夢を叶えたつもりだが、今のお前さんが掲げるのはそれ以上のどでかい目標だ。……正直、実現できるかはわからねえ。俺は大人になっちまったから、絶対にうまくいくなんて保証はできねえよ」
肩を竦めたり反対にのけぞってみたりしながら、マスターは俺の計画をそう評する。それが肯定と否定のどちらを目的にしたものかがわからなくて、俺は身を固くしていたのだが――
「……だが、だからこそ面白え。……お前さんの大それた計画が結実するところ、見たくなっちまった」
「……それって、つまり……‼」
「ああ、交渉はお前の勝ちだ。……後悔させないでくれよ、ヒロト?」
息をのむ俺に対して笑みを返して、マスターは俺の手を取る。……初めて呼ばれた名前が、俺とマスターの関係性が更新された証のように思えた。
ここからがヒロトの計画の本格始動です! 最初の一歩を乗り越えることに成功した彼がここからどんな動きをしていくのか、楽しみに見守っていただければと思います!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!