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第六百三十三話『交錯する視線』

 俺の問いを受けて、マスターは驚いたように目を見開く。……その後、今までに見たことがないくらいに真剣なマスターの視線が俺をまっすぐに貫いた。


「どう思ってる……ねえ。こんな店に足しげく通ってくれるありがたいお客さんだと思ってるぜ?」


 口元に笑みを浮かべながら、マスターはどこかおどけたような様子でそう答える。そう思っているのは間違いないのだろうと、そう思うには十分な口ぶりだった。


――だけど、それだけが全てというわけでもないはずだ。


「ええ、それもそれで間違いないと思います。……ですが、俺が今聞きたいのはお客さんとしてのロアの評価じゃありません。一人の人間としてのロアがどう見えているか、それをマスターがどう思っているのか……それを、聞きたいんです」


 マスターから視線を外さないままに、俺はさらなる問いを重ねる。その態度が機嫌を損ねてしまうならそこまでだが、そうでもしないとこの人の本心へと踏み込んでいくことは難しいだろう。……リスクを冒さなければ、リターンが帰ってきてくれるはずもないからな。


 俺の指摘に対して、マスターは目線をそらさないままで少し沈黙する。お互いに見つめあったまま流れる沈黙はこれほどまでに重いのかと、俺は得体のしれないプレッシャーを感じずにはいられなかった。


 その状況が一分――いや、三十秒かもしれない。長いとも短いとも思えるような時間の間続いたそれは、マスターの方から聞こえてきた笑い声によって打ち破られる。俺を見つめるマスターの表情は、いつの間にやら朗らかなものへと変わっていた。


「ははは、まさかそこまで踏み込んでこられるとはな! 探偵か何かの真似事かと思って流そうとしたが、どうも甘く見てたのはオイラの方みたいだ!」


「真似事でも何でもありませんよ。……というか、探偵に聞きこまれなきゃいけないことでもしてるんですか?」


「いいや、そんなことは一切ないね! ただ前はあんなにも陽気に話してた坊主が今日は神妙な表情をしてるから、何かのごっこ遊びかなんかと勘違いしただけだ!」


 苦笑しながら突っ込む俺に対して、マスターは胸を張ってそう断言する。そのきっぷの良さはあの日に見たマスターの姿と重なって、俺は思わず笑みをこぼした。


 とりあえず、第一関門は突破したと言っていいだろう。だがまだ交渉は何も進んでいないし、計画を伝えるのもここからだ。……まだ、気は抜けない。


「……それで、ロアがオイラからしたらどう見えてるか、だっけ? 一言でいやあ頑固一徹、決して曲がる様子を見せない。……一度決めたことを曲げるのが下手ってのが、オイラの率直な感想だな」


「……曲げるのが、下手」


「おうさ。こうって考えたら一直線で、それ以外の可能性があることを考えもしない。お前さんたちにおごろうとして聞かなかったのも、それが典型的に表れてると言えるだろ? ありゃあ流石に頑固が過ぎるから、オイラも一言アドバイスしてやったけどよ」


「はい、そうですね。……あの時は、本当にありがたかったです」


 俺たち以外にもロアのことを思っている人がたくさんいるのだと確信できたのは、マスターがロアに対して手厚く接してくれたからに他ならない。それがなければ今の方針を思いつくこともなかったかもしれないし、結果として空回り続けることになっていた可能性だって大いに考えられる。……間違いなく、俺にとってマスターの存在はターニングポイントだったのだ。


「ロアは頭がいいが、それゆえに一度決めた答え真理だとを勘違いしちまうきらいがある。それがなまじ完成度の高い答えだから、間違いだって気づかせるのも難しいのがまた厄介なんだけどな」


「そうですね。……俺も、ロアと向き合っててそう感じました」


 マスターの評に合わせて、俺も首を縦に振る。それを聞いた瞬間、マスターの眉がピクリと動いた。


 さあ、ここからが本番だ。ロアを引っ張り上げるためには、マスターの協力は絶対に欲しい。……もう一度、気合を入れなおさなければ。


「……俺はいま、ロアを引っ張り上げようと作戦を練ってます。あの時一緒にいた俺の仲間とか、今日一緒に来てくれたロアの古なじみ――ゼラの力を借りて、大きなことをやろうと思っていまして」


 俺がゼラを紹介すると同時、ゼラは小さく頭を下げる。それにマスターも頭を下げ返すと、俺の方にすぐさま視線を戻した。


「引っ張り上げる、か。そりゃまた壮大な計画だが、それができる算段はあるのか? ……言ってて恥ずかしい話ではあるが、それができるならもうすでに誰かがやってると思うぞ」


「ええ、算段ならあります。……今のマスターの言葉でロアのことを引っ張り上げたいって思ってる人がたくさんいるって分かったから、俺はこの計画を成功させられると確信できます」


 ロアの才能は、人を引き付ける才能。助けたいと、彼女の力になりたいと思えるような、リーダーとしてのカリスマだ。……図らずも今、最高の言葉がマスターから聞き出せた。


 俺の回答に面食らったような反応をするマスターをよそに、俺は息を吸い込む。そして、喉の奥に今日ここを訪れた意味を装填して――


「……俺は、たとえ無力でも誰かの先頭に立つことはできるんだって証明したい。……そのための拠点を、ここでマスターと一緒に作り上げたいんです」


――そう、マスターに向けて要求を提示した。

 次回、交渉は佳境に入ります! はたしてヒロトの要求は通るのか、計画実現のための第一段階は突破できるのか! ぜひご期待いただければ幸いです!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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