第六十二話『ロゼッタストーン』
「……確かに、ミズネの言ってることが正しい可能性は十分にあるな」
数百年間ずっと迷宮入りしていた謎に示された答えに、俺は納得の意を込めて大きく頷く。それを聞きながら思い出したのは、いつだか歴史の授業で習った『ロゼッタストーン』のことだった。
長くなるので詳細は省くが、ナポレオンがある時エジプトから持ち帰ったそれは今まで謎だった言語を翻訳するのにおいて大きな助力になったそうだ。いろいろと事情は違うかもしれないが、今回の俺の立ち位置はどうもそれに似ている気がした。長い間行き詰っていた謎の突破口を開く、いわば鍵としてのの役割が今の俺にはあるのだ。
今まで不便でもなかったので気にしてこなかったが、この世界の言語は当然日本語でもなければ文字はひらがなカタカナではない。カレス語、カレス文字などとでも仮称すべきそれを俺が不便なく読めたのは、言わずもがなあの神の粋な計らい……というよりは、最低保証とでも呼ぶべきだろうか。言語が通じないせいで殺されるなんてことがあっちゃあアイツとしても不都合だろうからな。
そういう訳で俺にはカレスの文字や言語のことが問題なく理解できているし、それのおかげで順調に異世界生活を満喫できているとも言える。もう日本語なんて見ることも書くこともないんだろうなあ……なんて、俺はうすうす思っていたのだが。
「そう簡単に縁は切れないってことだな……」
「……?ヒロト、アンタ今なんか言った?」
俺がしみじみとつぶやいた言葉を意味深に思ったのか、ネリンがずいとこちらの近づいてくる。さっきまでのすねっぷりはどこへやら、すっかり調子を取り戻しているネリンに俺はパタパタと手を振って見せると、
「んや、そんな大したことじゃねえよ。もう見ないと思ってた故郷の文字をまた見ることになるかもと思うと、奇妙なこともあるもんだなあってしみじみしてただけだ」
「そっか、アンタからするとそうなるのね……もう見ないと思ってたとか、どんだけ遠いところなのよ」
「そうだな。テレポートを使えば行けないところなどないこの時代だ、やろうと思えばどこへだって里帰りできるぞ?」
「あー……そうだな…………多分無理、というか……お前らが思ってる何千倍も遠いというか……」
二人の返答を聞いて、俺は思わず口ごもってしまう。同郷であるというのは打ち明けていたが、それが異世界であることはよく考えれば打ち明けていなかったような気もするし、よく考えれば二人がそういう発想に至るのも無理のない話だった。
「……少し難しい話になるから、それはまた帰ったらちゃんと説明させてくれ。それよりも、今は遺跡の壁に残る記号の話が先だろ?」
「……ま、それもそうね。うかうかしてると夜が明けかねないし」
「そうだな。ヒロトの身の上話は、また腰を落ち着けてじっくり聞くとしよう」
このまま話していると長くなるので、とりあえず俺はその話を先送りにすることを選択する。幸いなことに二人もそれで許してくれたので、話題は再び遺跡攻略へと戻ることとなった。
「今まで幾度となく発見されてきた記号だが、実はそれを書き留めようという試みは今までできなかったんだ。それも、まるでこちらが記憶するのを拒むかのように短時間で現れては消えを繰り返すものでな。一定の出現場所は判明しているのだが、そもそも地形自体が変動するせいで安定した観測も不可能になっている始末だ。偶然見つけられたとて、明滅する未知の記号を短時間で正確に記録するのは至難の業だからな」
「……ここまでの話を聞く限り、過去の英雄ってよっぽど性格悪いんじゃない……?自分以外分からない記号って、『私は誰も信じてませんよ』って宣言してるようなもんじゃない」
ミズネの説明を聞いて、ネリンがそう言って顔をしかめる。かなり散々な物言いだが、それについては俺も大方同意できるところだった。
セキュリティは確かに肝要だが、そのためにここまでの警戒を施し、さらに自分にしか分からない文字でしかヒントを残さないその姿勢にはどこか違和感がある。今では人間との交流も少ないエルフとも交友を築き、一文明をまとめ上げた英雄の姿と、この遺跡を作り上げたであろう英雄の姿が俺の中でどうもしっくりはまらないのは事実だった。
「それは過去の時代から言われた話ではあるな……書かれていることの内容が分からない以上、私たちは推測でものをいうことしかできないわけだが。まあそれも、この遺跡の謎が解けたら自然と紐解かれていくのだろうさ」
「……ま、それもそうか」
「……結局、この遺跡を攻略する以外の選択肢はないってことね……なんとなくわかってはいたけど」
「……まあ、そういうことだ。私たちはここに冒険をしに来たわけだからな」
あっけらかんとしたミズネの言葉に、俺たちは頷きながら立ち上がる。この遺跡に対する俺たちの方針は決まった。あとは、それをどれだけ実行できるかにかかっているだろう。
「さあ、舞台は整った。私たちの実績に、ちょっとした箔を付けさせてもらおうじゃないか」
そう言って、ミズネは悪戯っぽく片目を瞑る。長年謎のままだった遺跡の秘密の解明……確かに、駆け出しの俺たちにはこれ以上ない実績だろう。
「ええ。冒険者界の新星として、完璧に名を上げてやろうじゃないの!」
ちゃっかりしたミズネの宣言に、ネリンも力強く続く。俺も声には出さないが、二人と考えていることは一緒だった。
――遺跡攻略は、ここからが本番だ!
解決編のような様相を呈していましたが、ヒロトたちの遺跡攻略はこれからさらに加速していきます!英雄が残した謎の真意はどこにあるのか、ヒロトたちと一緒に考えながら読み進んでいただければなーと思います!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!