第六百二十八話『たくさんの主人公たち』
「……しかし、問題はどうやってそれを実行に移すかだな。高難度のクエストを受注できるくらいには成果を出してきたつもりだし、そこは問題ないと思うのだがーー」
「ま、一番の問題はどうやって周りの人たちを巻き込むかってところよね……。ロアのための作戦だから力を借りるわけには行かないし、あたしたちだけでどうにかしないと」
ミズネの問題提起に対して、ネリンが困ったように首を捻る。どうにかして俺の提案を飲んでもらうための部屋訪問だったのだが、いつのまにかこの部屋は作戦会議場へと変化していた。
とんとん拍子で話が進んでくれるなら確かにこれ以上ありがたいこともないが、同時に少しだけ照れくささも感じてしまう。今まで俺はこんなにも評価してくれてる仲間のことをスルーして凹んでたのかと思うと、俺の視野の狭さにはほとほと呆れるばかりだった。
だが、今の俺はもう違う。足りないところばかりの現状でも、借りられる力を全て頼って成し遂げてみせると決めたのだ。……未だにとてつもなく狭い視野角の中で思い悩んでる、俺の戦友のためにな。
「それに関しては俺の主導で動かせてくれ。もちろんお前たちの力も借りるけど、高難度クエスト攻略の発起人は俺でありたいんだよ。……そうじゃなきゃ、ロアに正しく意図が伝わらない可能性があるからさ」
「ミズネやゼラがこの計画の中心になったら、『やっぱり実力のあるものにしか人は集まらないんだ』なんて思われても仕方ないものね。君が伝えたいメッセージを鑑みれば、あくまでボクたちは脇役であった方が都合がいいってわけだ」
俺の言葉を受けて、アリシアがそんな風な言葉を付け加える。ぼかしていた部分の大半を捕捉してくれたその説明をありがたく思いつつ、俺は小さく頷いた。
「脇役って言い方はあまりしたくないけど、ニュアンスとしてはそれで合ってる。もちろん俺の計画に乗ってくれる全員が主人公だけど、ロアから見たクエスト攻略劇の主役は俺でなくっちゃな」
というか、いざ戦場に立つことになれば俺が主役になれるチャンスなんて皆無に等しいしな。戦場の主役は俺の計画に乗ってくれた人たちが勤めてくれるし、計画段階でも俺の考えが及ばないところはほかの人が補ってくれる。俺主導であれこれ動き回るのは、王都の内側限定ってわけだ。
俺はそれで十分だと思ってるし、戦場で無理に活躍しようとするつもりもない。得意分野の違う人たちを束ねて大きな結果を出すという構図こそが、俺がロアに見せたい光景だった。
「ロアはきっと、自分にできないことが沢山あることを負い目に感じてる。その負い目を補うにあたって、他の人の力を借りようとすることもな。……だからまずは、その考え方から覆してやらねえとだろ?」
できないことが多いのは悔しいだろうし、立派な家族たちを目の前で見てくればその人たちのように一本立ちしたいと思うのも痛いほどよくわかる。それはきっと、ネリンたちに頼りっきりだったことをおいまに思っていた俺の心情とよく似ているのだ。
「自力でできないことに突き当たった時、誰かが手を差し伸べてくれるのだって才能の内だものね。私の教え、正しく伝わっててくれたみたいで何よりだわ」
「ああ、しっかり覚えてるよ。俺はそれに感銘を受けたから、いっちょロアにも布教してやろうって考えてるわけだしな」
そう、言ってしまえば今俺が引っ提げている考え方すらもネリンからの受け売りなのだ。実体験を伴って理解したそれをロアにも理解してほしいという半ば勝手な考えで、今の俺はここにいる。
それを恥じるつもりもないし、受け売ることを引け目に感じることもない。……だってあの言葉は、ネリンが俺を助けようと思ってかけてくれた言葉なんだからな。
「……まぁそんなわけで、関係各所との交渉は俺に任せてくれ。偶然、交渉に関する知識にも持ち合わせがあるからな」
懇親会が終わったら交渉する機会ももうないと思っていたが、人生何が必要になってくるからわからないものだ。その技術すらも厚意で伝授されたものだというのだから、ネリンの教えにもさらなる説得力が生まれるってものだ。
「あの時のアンタ、交渉がうまくいかないって半泣きになってたものね。今度は泣かないで上手に立ち回ってちょうだいよ?」
そんな俺を見つめながら、ネリンは揶揄うような言葉で俺の方針を受け入れる。ミズネとアリシアも微笑とと共に頷いていて、俺に任せる体制は万端といった感じだ。
「大丈夫だ、もう泣かねえよ。あの時とは違って、ありがたい教えが俺の中にはあるわけだしな」
ネリンの軽口に俺も軽い言葉で返して、自信の表れを示すように胸を張る。……ロアに最高の光景を見せるための作戦は、実に俺たちらしいやり取りを以て始動した。
この物語の主人公はヒロトですが、今から始まる大きな作戦の主人公はこれに関わる人たち全員になるでしょう。ロアの考えを変えるに相応しいものをお見せできればと思いますので、是非お楽しみにしていただければ幸いです!
ーーでは、また明日の午後六時にお会いしましょう!