第六百二十三話『何者』
「ふう、買った買った。さすが王都、見て回ってるだけで自然とお財布のひもが緩くなっちゃうわね」
「そうだね……。カガネも商売が盛んな街ではあるけど、客の目を引く力が他の街とは大違いだ」
チャームショップを後にして、ネリンとアリシアは満足そうにそう呟く。その腰元では、今しがた買ったばかりのチャームが楽しそうにゆらゆらと揺れていた。
結局俺たちは全員三つのチャームを購入し、そして全員がその場で身に着けることになった。身軽になるチャームはパーティ全員のお揃いだが、それ以外の購入品はそこそこ差が出たのが興味深いところだ。
……と言っても、俺以外の三人は二つ目のチャームとして砂煙を避けるやつを買ってたんだけどな。俺には正直無用の長物だし、お揃いは別であるから別に負い目に感じることはない。むしろ買うことを強制してこないあたり、三人の優しさが顔をのぞかせているような気がした。
「……しかし、実際に付けてみると思った以上に重さを感じないな。見た目もとてもいい仕上がりになっているし、魔術的な効果よりも普段はその見た目を楽しむことになりそうだ」
自分の腰元と俺たちの腰元に視線を行ったり来たりさせながら、ミズネがそんな風に呟く。カガネでもアクセサリーショップに目を輝かせていたし、こういう手の込んだ細工品とかにミズネは目がないのかもしれない。そんなことを思っていると、その隣を歩いていたロアの目が待ってましたと言わんばかりに光を宿した。
「ええ、ミズネさんの言う通りの動きが実は王都でも起こっていまして。チャームを綺麗な形で飾って置ける陳列棚も最近開発されてたり、チャーム市場はまだまだ反映の余地を残しているんですよ」
「へえ、最先端が集まる街の中でもさらに最先端ってことなのか……。と言うことは、他の街に伝わるのは二年後とかになるんだろうな」
「ええ、短く見積もってもそれくらいでしょうね。少なくとも、王都以外でチャームショップを見つけられるようになるには少し時間がかかるかも」
思わず零れた感想に、ネリンが真剣な表情で同意する。チャーム市場は今いわゆるブルーオーシャン状態だろうし、これからもきっと様々な取り組みが行われるのだろう。その結果どのような方向にチャーム技術が発展していくのか、正直とても楽しみだ。
「ええ、まだ王都でも受け入れられ始めの技術ですからね。……だからこそ、チャームには無限の可能性があるとも言えますが」
俺たちの言葉を肯定しつつ、ロアは大きな頷きを一つ。その弾んだ声色が、チャームへの期待感をそのまま表しているかのようだった。
「まだ立ち位置は不確定ですが、だからこそどんなものにもなれる。……それが成長していくのを一番近くで、一時も見逃すことなく見つめ続けることが出来ると思ったら、いつの間にかチャームの知識が色々と身についてしまっていたんです。私がチャームについて詳しいと思うなら、多分それが影響しているのだと思います」
俺たちの腰で揺れるチャームを見つめながら、ロアはそんな事を呟く。それはどこか誇らしげで、そして羨ましそうだった。……その羨望の対象は、間違いなくチャームと言う存在に注がれている。
それが俺の気のせいだったらいい。考えすぎだと笑ってくれるならいい。いや、笑ってほしい。……その目線に深い意味などないのだと、今すぐ笑って否定してほしい。チャームを見つめるロアの表情を見て、俺はそう思ってしまう。だけど、そんな事を言うとは思えないくらいに、ロアは重々しく口を開いて――
「何物でもないが故に、何者にもなれる。……御伽噺や戯曲ではよく聞く話ですが、こうして目の前にするとそれはとても尊い事です。……私もそう在れたらよかったのにと、そう感じてしまう程度には」
「……っ」
――聞こえて来たあまりにも純粋な願い事に、俺は思わず息を呑んだ。
それはきっと、今まで押し込めてきたロアの自分への評価の現れだ。何者にもなれる可能性を秘めたチャームが羨ましいのは、もう何者にもなれなくなってしまった自分への思いの裏返しだ。……自分はチャームのような存在になれないのだと、見切りをつけてしまっている。
そんなことはないと、声を大にして叫びたい。何者にもなれないと諦めるにはまだ早すぎると、ロアの肩を掴んでそう叫びたい。……だが、それはきっと俺の身勝手でしかない。……ロアの中に根付いた自分への、そして他者への固定観念を一切合切振り払うには、まだ積み重ねた時間が足りない。
「……ごめんなさい。未熟者のたわ言として、今の発言は忘れていただければ幸いです」
まだあっけにとられる俺を差し置いて、頭を下げたロアがそんな風に口にする。……だけど、今の言葉もロアの表情も、忘れるなんて到底できそうになかった。
何者でもないが故のあらゆる可能性を失ってしまうなら、何者かになることは絶望と同義ではないのか……なんて、一人の物書きが描き切るのはもしかしたら傲慢なことかもしれませんが。ですが、ロアとヒロトたちのやり取りを通じてその辺りにも答えを出していければと思いますので、ぜひお楽しみいただければ嬉しいです!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!