第六百十八話『並ぶ屋台が変わっても』
「嬢ちゃん、魚料理に興味はないかい?今なら一本おまけで付けとくよ!」
「いやいや、こっちの料理だっておすすめだぜ! 今ならお試し価格で一本目半額だ!」
「ちょっと、この子たちはウチのお客さんよ! ほら、東の村特有の技術で作られたアクセサリー、貴女に合うと思わない?」
――エトセトラ、エトセトラ。ロアの提案に乗っかって広場に足を踏み入れた瞬間。両隣から瞬時にいくつものセールスの声が飛んでくる。両隣に立ち並ぶ屋台が疑似的な通路を形作っていることもあって、俺たちが想像していたよりも騒がしい光景がそこにはあった。
「へえ、魚料理を提供する屋台もあるのね。……ここは後学のために、一本頂いちゃおうかしら」
「この串、見たことない野菜が含まれてるね……ねえねえ、本当に半額でいいのかい?」
「この手のアクセサリーは長老が喜びそうだな……。すまない、髪飾りの類は販売しているか?」
しかし、三人は一目散にそれぞれ興味を持った店に向かって突っ込んでいく。結果的にどの店も一人は客を獲得できているわけだし、あの声掛けにも意味はあるのかもしれない。
「……俺も、皆に倣ってどこかを見とくべきか……?」
「ええ、ここには独特な商品がたくさんありますから。……それとも、お気に召しませんでしたか?」
それぞれ動く三人の様子を見つめながらぼんやりと呟く俺に対して、隣に立つロアがそんな問いかけをしてくる。その心配そうな視線を受けて、俺は思わず頭を掻いた。
「……いや、ここまでの勢いで来るとは思ってなくて少し気圧されてただけだ。商売人の気概、ちょっと予想以上だった」
商売人には多かれ少なかれ野心があるというのは間違いないが、ここに屋台を出している人はそれが一段と強いように思える。ギラついているというか、なんとしてでも這い上がってやろうという強い意志を感じるというか。……王都の片隅では満足しないぞと言う思いが、商売に対する姿勢からダダ漏れなのだ。
それ自体はとてもいいことだし、出来る限り応援したいと思う。……それはそれとして、ここまでの剣幕で来られるとビビるのが勝つのもまた確かなんだけどな。
「俺からしたら何の驚きもなしに話を進めに行ってるアイツらの方がすげえよ。……いや、そりゃお客さんのことを歓迎してくれるってのはなんとなくわかってるけどさ」
言葉を濁す俺に対して、隣からロアがくすりと微笑むような声を上げる。それに気づいてふと隣を向くと、その眼から不安感はすっかりなくなっていた。
「……確かに、ここの人たちは夢にあふれていますもんね。眩しいというか、熱いというか。……初めてここを訪れた時、確か私も貴方と同じような反応をした覚えがあります」
「よかった、俺の反応がおかしいわけじゃなかったんだな……」
ロアのエピソードトークに、俺は安堵のため息を一つ。やっぱり三人の対人能力が高かっただけで、客引きの勢いの良さにしり込みするのは変な事じゃなかったらしい。
「その時にいた屋台と同じものが出ているわけではないですが、やはりこの場にある熱は同じなのですね。……今のヒロトさんの反応を見て、なんとなくわかりました」
俺越しに広場の様子を見つめながら、ロアはしみじみとそう呟く。その声色は嬉しそうで、だけど少し羨ましそうで。……それに何て声をかければいいのか、俺は少しの間戸惑ってしまった。
ロアの言っていた通り、この広場には夢がある。野望を燃やす人たちが、それを現実とすべく凄まじい熱量で声を張り上げ、商品を作り上げている。それはきっととてもいいことで、この場所から生まれる新たな流行、新たな最先端もきっとあるのだろう。……ここは、誰もが夢を持ち寄る場所だ。
「……なあ、ロア――」
その場所のことを、一人夢を抱えて進むロアはどう思っているのか。どうしても直接聞きたい欲が抑えられずに、俺はその横顔に声をかけようとして――
「そこの嬢ちゃんと坊ちゃんも、ぼんやりしてないでこっちにおいでよ! ここでしか味わえない美味、放っておいていいのかい?」
「そうそう、新体験は大事だぜ。……もっとも、それをするのは俺の店でだがな!」
「ちょっと、いつもいつも先越さないでよ! ……二人とも、おしゃれの世界に興味はない?」
ちょうどその問いかけをかき消すようなタイミングで、ネリンたちの接客を終えた屋台の面々が今度は俺たちをロックオンする。あまりにドンピシャすぎるその声のかけ時に、呆れるどころかむしろ笑みがこぼれて来て――
「……行くか、ロア。どれが一番興味ある?」
「そうですね。……それでは、まずはあの屋台を」
俺の問いかけにロアは指さしで応え、俺を追い越して屋台の方へと走っていく。……俺とロアの屋台巡りは、一足遅れてのスタートと相成った。
いろいろな場所をめぐるうちに、ロアの考えにも少しずつ近づけているでしょうか。ヒロトたちにはいまいち手ごたえがないように思えているかもしれませんが、物語は確かに前へと進んでいきます。今日の観光がどんなものになるか、楽しみにしていただければ幸いです!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!