第六百十一話『かく在れという呪い』
「……それで、お前は今のところどうやってロアを引っ張り上げようと考えているんだ?」
販売スペースの一角に陣取りながら、いかにも道具関連の話をしている風を装ってミズネはそう問いかけてくる。ネリンとアリシアはともかくロアに俺たちの思惑がバレると話が色々とややこしい事になりかねないので、その気遣いは正直ととてもありがたかった。
「……いや、具体的な策は正直思いついてないんだ。ネリンが示してくれた今のやり方はかなり最適解に近いものだし、そこから次につながる何かが見つかると思ってた。……だけど、見つかったのはロアの在り方が固まりすぎてるっていうことだけなんだよな」
周りが凄すぎたからなのか、それとも最初から自己肯定感があまり高くない子だったのか。どちらにせよロアは今他者からの評価を必要とせず、自己完結した世界の中で一人研鑽を重ねている。それが出来ること自体はすさまじい精神力の証とも言えるのだが、いかんせんそれが発揮される方向の悪さが問題なのだ。
だってそうだろう。誰からも評価されないと分かっていて、評価されなくたっていいとまで自分の中で割り切って。……それでもなお努力を重ねることは、俺だったらできる気がしなかった。
報われなくてもいいと、ロアは自らの努力に見切りをつけているのだ。それがどれだけ寂しい事で、どれだけ苦渋の決断であることか。……少なくとも、前向きな考え方じゃない事だけは間違いない。今までロアと接してきてそのことが垣間見えてしまったから、俺は今頭を抱えるしかないのだ。
「そんでもって、問題なのがロアを助けたいって人がこの街にはたくさんいることに気づけてないところなんだよ。今までロアに関わってきた人にロアのことを悪く言う人は一人もいなかった。王都でも目立った悪口なんか聞こえないし、何なら気遣っているようにも思えるくらいだ。……だけど、ロアはその事に気づいてない。バルトライ家に連なる者として相応しくないっていう自分への評価を、他者からも受けてるって考えてるフシがあるんだよ」
「……なるほどな。それは確かに、深刻な問題かもしれない」
他者からの評価に対して自己評価が高すぎるのも考え物だが、その逆がいいかと言われれば全然そんなことはない。どっちにしたって、自分の姿を客観視できていないという事実には間違いないんだからな。
俺の持論を受けて、ミズネもチャームに手を伸ばしながら考え込むような姿勢を取る。話題にされているとはつゆ知らず、少し離れたところでロアはネリンと一緒にチャームをあれやこれやと手に取っていた。
「家の事を気にしてる様子はあまり見えないけど、多分ロアは凄く気にしてる。兄弟みたいにとか、いあのギルドを支えてるマスターとか。……そういうふうになれないといけないって内心思ってるんだろうな」
本当に気にしていないものに対して、わざわざ『意識していない』なんてことはあまり言わないものだ。意識してないんだったらそもそも話題にも出ないし、それに対してとやかく言うこともないんだからな。……俺の勝手な想像でしかないが、今のロアには「バルトライ家としての正しい在り方』が絡みついているように思えた。
「その推測が正しいのなら、今のロアを縛っているのはかなり面倒な呪いだな。他者から与えられた『かくあれ』という期待や願望は、一度染み込んでしまうと中々振りほどくのが難しいものだ」
「……それは、実体験からか?」
「いや、長老の姿から感じたことだ。あの人も会合に出る時だけは、威厳のあるエルフの長を演じなければならないからな。『肩が凝って仕方がないわい』と、会合が終わるたびに肩もみを要求してきていたのを思い出すよ」
一回の時間も長かったしな、とミズネは苦笑しながらそう付け加える。俺が知る長老――エイスさんはそうとう自由な人だったし、格式ばった振舞を求められる会合の場は確かに苦しいものだっただろう。さすがはエイスさんを一番傍で見てきただけはある。
「つまり、今のロアはその呪いを振りほどけない状態ってわけか。……自分の中で掲げている理想の在り方を、外からも要求されていると感じているから」
「お前の直感が正しければ、そう言うことになるな。まあ、分かっていてもこの呪いをほどくには時間がかかるから厄介なのだが――」
俺とミズネの理解が一致したところで、ミズネは含みありげに言葉を切る。その引き方に俺が思わず首をかしげていると、チャームの方へと向かっていた視線が唐突に俺の方へと向けられて――
「もう一度だけ、確認するぞ。……お前は、二人を引っ張り上げるためにこの王都での時間を使いつくす覚悟はあるか?」
――真剣な表情で、俺の覚悟を問うた。
ミズネの問いがこの先にどのような影響をもたらしてくるのか、それが明かされるのはもう少し先のことになるかと思います。ロアの世界を広げるべく、ヒロトたちはどう動いていくのか、是非ご注目いただければ幸いです!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!