第六百十話『年長の知恵』
「……このチャーム、前はありませんでしたね。新作ですか?」
「お、嬢ちゃん目がいいね! これは最新作のチャームでな、砂煙とかの視界を邪魔するものを払いのけられる優れものさ!」
ロアが店主さんに話しかけて、それに対して店主さんが嬉しそうな反応を返す。それを受けてロアは興味深そうにそのチャームを手に取り、至近距離でそれをまじまじと見つめていた。
「へえ、チャームっていろんな種類があるのね……。ロア、何かおすすめある?」
「おすすめ……ですか。一口で言うのは難しいですが、何かから身を守る系統のチャームは一つ持っておくと安心感が違うのでお勧めですよ」
その隣へと駆けて行ったネリンもいくつかのチャームを手に取り、あれやこれやとロアと言葉を交わしながら買うか買わないかを見繕っている。……そんな微笑ましい光景を、俺は少し離れたところから見つめていた。
「……ヒロト、チャームには興味がないのか?」
そんな俺を、ミズネがどこか心配するような様子でのぞき込んでくる。確かにこの距離だとそう思われても仕方がないが、俺はゆっくりと首を振った。
ちなみにアリシアはと言えば、俺たちともロアたちとも少し離れたところでチャームとはまた別の魔道具を物色している。そのマイペースな感じが、今はとても羨ましかった。
「いや、チャームに興味がないわけじゃねえよ。……少し、さっきのやり取りの間のロアの姿が頭から離れなくてさ」
喧騒に紛れてとぎれとぎれにしか聞こえなかったけど、『おこがましい』とロアは確かに口にしていた。どこまでも自虐的に、自分を責め立てるように。……そうして店へ駆けて行った後ろ姿が、どうにも目に焼き付いて離れない。
「……ロアのことを一番に気にかけたのはお前だったからな。そんなロアが不穏なようすを見せれば、ショッピングにも身が入らないというものか」
「そんなとこだな。……どうしたらロアのことを引っ張り上げられるのか、考えれば考えるほど分かんなくなってさ」
今のロアは、誰かから手を差し伸べられることを必要としていない。自分の背中にかかる大きな責任を全部自分で背負って、そうしている自分の姿に自分で納得して。……究極的な話、ロアの世界にロア以外が足を踏み入れる余地なんて有りはしない。努力と自己評価の二つだけで、今のロアの世界は完結してしまっているのだ。
あの喫茶のマスターも、その事をしっかり理解しているのだろう。だからこそ、優しさを受け入れることの大切さを説いた。全部自分が背負い込むことだけが正しい事じゃないのだと、そんなメッセージを投げかけた。
「……ロアは人とのつながりを求めてないわけじゃない。アイツだって誰かと繋がりたがってるし、一人でいる自分に嫌気だって刺してるはずなんだ。……だけど、そのつながりを『仲間』とか『友達』とか、そういうふうにすることに対してアイツは多分遠慮してるんだよ」
俺に共同戦線の話を持ち出してきた以上、ロアだって誰かと繋がりたい、思いを同じくしたいという考え自体はあるはずなのだ。だけど、そうしたロアが望むのはあくまで共同戦線、同じような悩みに向かってならんで立ち向かう同士だ。……けっして、ロアの手を引っ張って目標まで連れて行ってくれる存在じゃない。
「ロアはあくまで自分の足で目標にたどり着くことを良しとしてる。……それが時々話す兄ちゃんとか姉ちゃんとかの影響なのかは、俺には分かんねえけどさ」
だが、それはロアにあったやり方ではない。今までのロアを見ている限り、ロアにあっているのはたくさんの仲間たちとともに立ち、同じ視座から引っ張っていく民主的なリーダーの形だ。圧倒的な個の力で引っ張る王様的なやり方は、ロアにあっていると思えなかった。
「俺はネリンに、周りから手を差し伸べられること、差し伸べたいって思わせることも才能なんだって教えてもらった。……だから、ロアにもそれを伝えたいんだよ」
あくまで受け売りでしかないから、説得力はあまりないかもしれないけど。……それでも、その言葉を伝えなくてはいけないと思った。
「……そうか。やっぱりまじめだな、お前は」
ここまでの俺の考えを一通り聞き終えて、ミズネは俺の頭にポンと手を乗せる。そのままわしゃわしゃと撫でまわされて、俺は思わず目を細めた。
「お前はきっと、誰よりも優しい人間なのだろう。自分の関わった者が不幸になることが嫌で、どうにかして引っ張り上げたくて。……その対象に今までお前自身が含まれていなかったことは、後でしっかりお説教しなければならないが」
「……ぐうの音も出ねえな」
最後にちくりと刺してきた言葉に、俺は思わず苦笑する。それを見たミズネは晴れやかに笑うと、もう一回俺の頭を撫でまわした。
「だが、お前が掲げている理想は間違っていない。きっと、ロアを引っ張り上げる鍵もそこにあるのだろう。……だから、もっと聞かせてくれ。私も、何か考えを出せるかもしれないからな」
年長の知恵を見せてやろう――と。
そんなことを付け加えて、ミズネは二ッと笑みを浮かべて見せる。……それはとても子供っぽい表情のはずなのに、なぜだかとても大人びて俺の目に映った。
ここまですこーし影が薄めになりつつあったミズネですが、彼女もまたヒロトと言う人物を深く理解する者であることには変わり有りません。思い悩むヒロトに対してミズネは何を語るのか、少しずつ変わる潮目にも注目しつつ楽しんでいただければなと思います!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!