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第六百九話『縁の根源』

「……あたしまで割引してもらっちゃったけど、本当によかったのかしらね……?」


「いいんだよネリン、こういうご厚意は素直に受け取るべきだ。ボクたちが持ち掛けたんじゃなく、あちらの側から提案してきたことだしね」


 断るのもあまりいい選択とは言えないよ、とアリシアはネリンの疑問に答える。なんだかんだで気に入っているのか、ネリンの手にはさっき見ていた剣が今もアイテムボックスにしまわれることなく握られていた。


「……うん、そうよね。サービスを断られたら、あたしだって少し気にするもの。それに、この剣をいいと思ったのは間違いないし」


「ああ、お前が気にすることは何もないさ。ここでやるべきことが終わったら、四人でまた私たちの里に行こうじゃないか」


 その時は道場にも案内するぞ、と約束して、ミズネは胸を張る。憧れの二刀流に触れられる機会が生まれたということもあって、ミズネを見つめるネリンの目はいつも以上に輝いていた。


「……エルフの里、ですか。少なくとも、この王都にいる人間には簡単に足を運べない場所だと思っていたのですが……」


 そのやり取りを聞いて、俺たちの前を歩いていたロアが振り向きながらそう問いかける。……そう言えば、エルフと人間の交流って基本的にはエルフが人間たちの作り上げた街に降りてくるような形でしか行われていないんだっけか。行商人が居たとか居ないとかって話は聞いたことがあるが、それだって交流と言うよりは商談って言った方が近いだろうしな……。


「ああ、少なくとも私たちにとっては身近な存在ではあるな。……長老に呆れられてしまうから、そうホイホイと戻りすぎるわけにもいかないのが実情だが」


「最後に帰ったのは屋敷調査の時だったっけ。そう考えると、なんだかんだで時間が経ってるのね……」


「……屋敷調査?」


 少し前の話を懐かしむ俺たちに対して、ロアの表情がまたしても疑問に満ちたものになる。あっけに取られているかのようなその表情は、いつもよりあどけなく見えた。


「ああ、ボク達が今カガネに持ってる家はとある依頼を完了することと引き換えに受け取ったものでさ。……ついでに言うと、その事件がパーティ加入のきっかけだったんだよね」


「そうね。アンタがあの事件のカギを握ってなきゃ、こうやって一緒にいろんなところをめぐることももうなかったんじゃないかしら」


「……私が思っていたよりも、貴方たちは濃い日々を送ってきたのですね。……王都の雰囲気にも、すぐ順応するわけです」


「ま、忙しさだけで言えば懇親会の時もかなりのものだったしね。あの時と違って四人で動けるってだけで少しばかり気楽なもんよ」


 ロアの賞賛に対して、ネリンは謙遜しながらもしっかりと胸を張る。それと同時に飛び出したロアにとっては未知のイベントに、あどけない疑問の表情はさらに色濃くなるばかりだった。


「……やはり、冒険者としても只者じゃないということなのですね。そんなあなたたちが何故駆け出しの街であるカガネにいるのかは、少しよく分かりませんが」


「どうして、か……。なんとなく、っていうのが一番それっぽい答えなんじゃないか?」


 市場の中をめぐる足取りを急速に落としながら、俺はロアの問いにそう答える。いつの間にかロアは俺の横に立っており、縦と言うよりも横長寄りの並びになっていた。


「色々と理由はあるのだろうが、それ等を簡単にまとめれば『なんとなく』と言うのが一番しっくりくるかもしれないな。あの街が私たちの出会いの場になったことは、間違いなく偶然の産物なのだから」


「その縁がなんだかんだ続いての今だものね。……家も持っちゃったし、簡単には離れられないわよ」


「だね。古なじみの縁に引っ張られていたら、いつの間にか手放したくないつながりがあの街で出来過ぎてしまっていたよ」


 俺の言葉に続くようにして、三人も口々に考えを言葉にする。その間、ロアの視線はずっと俺たちの間をぐるぐると動き回っていた。


「……そう思えることは、きっととても幸せな事なのでしょうね。あなたたちの表情を見ていれば、今が幸せだということが痛いほど伝わって来る」


「まあ、そうだね。人生でいつが一番幸せだったかって聞かれたら、ボクは間違いなく今この時だって答えるよ。そこには一片の嘘もないし、あってたまるものか」


 ロアの言葉に、俺たちを代表してアリシアが堂々と答える。そう返って来るのが分かっていたかのように、ロアも小さく頷きを返す。……その表情は、もうあどけない年相応の少女の者ではなかった。


「……ええ、とてもいいことだと思います。……私なんかが貴方たちの在り方を審査することが、おこがましいと感じられてしまうぐらいに」


 何かを悔やむように、あるいは何かを吐き出すかのように。絞り出した微かな言葉が、俺の耳にとぎれとぎれに聞こえてくる。ロアの心の扉を開けるためには、それについて深堀りしなければならないと、そう思った。


「……なあロア、それってどういう――」


「……あ、あの店も今月は出店していたんですね。ごめんなさい、あそこのチャームは効き目がいいって評判なんです」


 だからチェックしないとですね、なんて言って、俺の質問には答えることのないままロアは少し先のスペースへと駆けていく。……多分ちょっと前から見えていたであろうスペースへ、足早に。


――その小さな背中をどんな表情で追えばいいのか、俺には一瞬よく分からなかった。


 

 のんびりショッピングではありますが、そう言う何気ない時間にこそ抱え込んだものと言うのは零れ落ちがちなものですよね。ヒロトたちの姿を見てロアは何を思ったのか、そして零れだした感情にヒロトたちは何を考えるのか、この先も五人の道中にご注目いただければと思います!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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