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第六十話『英雄が残したトリック』

「……ホントだ、正確な全体図がねえ」


 ミズネに促されるままに開いた図鑑、その中にある遺跡の地図は不完全だった。というよりは、いくつかの区画に分けられて描かれているのだ。その区画すべてがきれいにつながった一枚絵は、ページのどこを探しても見つけることができなかった。


「そういうことだ。仕組みとしては迷いの森と似ているが、こっちのが厄介さは上だな」


「……えっと、二人して何を話してるの……?」


 図鑑をのぞき込んで首をひねっている俺たちに向かって、ネリンが戸惑ったように声をかける。普段はいろいろな知識を持ち合わせているが、さすがにここまでの知識は流石になかったらしい。

 

 かく言う俺も図鑑頼りだから人のことをとやかく言う筋合いはないのだが、まあそれは置いといて。


 ミズネの提案からしばらくして、俺たちは遺跡の一角に腰かけて臨時の攻略会議の真っ最中だ。ミズネの意志は想像以上に固く、どうしてもこの遺跡を攻略したいというミズネに俺たちが押し切られた形だった。


 こうと決めたら譲らない頑固な性格であるのは分かっていたが、それと同じかそれ以上にミズネは負けず嫌いでもあるらしい。『過去の魔術に負けたままは悔しいんだ』と歯を食いしばられては俺たちもそのまま帰るなんて言えるわけもなく、今に至るというわけだ。


「えっとな……この遺跡にも明確な地図がないってことを、この地図が証明しちまったんだ」


 できるだけネリンにも伝わりやすいようにかみ砕きながら、俺は図鑑をひょいと持ち上げてネリンに見せる。膨大な情報量が収められているにもかかわらず、持ち運びに困らない重量感なのは俺としては非常に高評価ポイントだ。


「……この地図、とぎれとぎれじゃない」


「そうだ。言ってしまえば、ここに書かれてるのは遺跡を作るためのただのパーツってことだな」


 いろいろと細かい差異はあるが、入るたびにマップが変わるようなダンジョン系のゲームを考えるとイメージが付きやすいだろうか。迷いの森は十パターンだったが、この遺跡の持つパターンは無限大だ。どの区画がどこに配置されても矛盾なく成立するその仕組みは見事としか言いようがなかった。


「ご丁寧なことに自己修復の機能までついていてな。無理やり力業で突破するのも難しいんだ」


 言葉を選びながら俺が説明していると、ミズネが横からそう付け加えてくる。RPGなどでよくある、『いやそれ壁ぶち破ればいけるんじゃね?』という疑問に対しては既に答えが出ていたらしい。……というか、その悔しそうな表情からするに試したのはミズネだろうな……


「それにしても、この図鑑は本当にすごいな。私たちを含めたバロメルの人々が時間をかけて集めた情報がすべて網羅されているとは」


 あらためてしげしげと俺の手元をのぞき込みながら、ミズネは感心したように息をついた。


「ま、それが図鑑のいいとこだからな。いろんな人がつないできたものが一つになって、また新しい誰かを助ける……すごくいいものだろ?」


 図鑑を軽く掲げて、俺はミズネに誇らしげに笑って見せる。俺が褒められたわけではないのだが、やっぱり自分の好きなものが褒められるのは嬉しかった。


 この図鑑は少し事情が違うが、図鑑というのは一人で書き上げられるものではない。多くの人が研究したり見つけたものがそこには束ねられているわけで、そこには先人の頑張りが詰まっている。俺は図鑑や辞書のそういうところが好きだし、一人の力に頼らないからこその図鑑だとも思ってるからな。


 そう考えるとこの図鑑はグレーゾーンな気もするが、ここに集められた情報自体はたくさんの先人が見つけ出してきたものなので俺的にはセーフだ。これが神の知識だけに頼って作られた図鑑だったらきっと俺は使う気が起きなかっただろうが、その点はきちっと考慮してくれていたらしい。


「そうだな。この遺跡に関しては、ヒロトの持っている図鑑にすべてがまとめられているといっていいだろう。……だから私からは、その時代に関するヒントを示そうと思う」


 ミズネは俺の言葉にうなずくと、真剣な目つきで俺の目を見つめる。その視線は、俺の奥に俺とは違う誰かを見ているかのようで――


「……かつてこの文明を作り上げたのは、一人の異邦人を中心とした集団が始まりだったそうだ。彼らはばらばらだった各地をほぼ無血で統一し、一つの文明へと昇華させた。この遺跡は、その文明のいわゆる王都のようなものだったと考えられているわけだ」


「一人の、異邦人……」


 含みを持たせたその言葉を、ネリンがごくりとのどを鳴らしながら復唱する。「そうだ」とミズネは頷くと、そこでまた一拍おいて、


「……長老は、その文明が健在だったころに成人していてな。統一の一環として、その異邦人と行動を共にしていたらしい。彼は未知の言葉や知識をたくさん持ち合わせており、その知識はエルフの農業に今も役立てられている。……そして、その人物は」


 そこで、もう一度ミズネは間を置く。その後に続く言葉は、俺にもなんとなく想像がついていた。カレスの人々が知らない知識や言葉、そしてエイスさんの俺の容姿への反応、それらすべてを統合すれば――


「……黒髪黒目の少年、だったそうだ」


「…………ま、そうなるよな……」


 分かっていたこととはいえ、俺はその事実にため息を一つ。隣を見ると、ネリンが俺を見たままパクパクと口を動かしていた。


「黒髪黒目って……そんな一致があるの⁉何から何までヒロトの特徴そっくりじゃない!コイツ時々分からないこと言うし、もしかしてズカンもその一つだったっての⁉」


「そうだろう……とは、私からは言い切れないが。たまたま私が出会った少年がかつての英雄とそっくりな特徴を持ち、私たちの知らない知識を持ち、そしてこの遺跡にたどり着いた。……私は運命というものを信じないが、これを巡り合わせと言わずしてなんといえばいいのか私にはわからん」


 興奮している様子のネリンに対して、ゆるゆると首を振るミズネはあくまで冷静だ。俺に過度な期待をかけまいと、そう自制しているようにも思えた。


「身勝手な期待だとは分かっている。だが、私はヒロトに期待してみたかったんだ。…………教えてくれ。お前は、過去の英雄とつながりがあるのか?」


 あくまでためらいを残しながらも、ミズネはそう問いかけてくる。……いろいろと騒ぎになりそうだから自分から言い出すつもりはなかったが、かといって仲間に隠し事をするのも気が引ける。……遅かれ早かれ、言わなきゃならないことだったのかもしれないな……


 そう思うと、緊張していた心が少し楽になる。俺は軽く肩を竦めて、苦笑いをして見せると――


「……いかにも、その異邦人と俺は多分同郷だよ。そいつがどんな人物かなんてのは、知ったこっちゃないけどな」


……と、出来る限り何でもなさそうにそう告白したのだった。

異世界人であることの告白は個人的には必要なイベントだと思っているのですが、しっかり描き切ることができて個人的には少し安心しています。大きな隠し事の一つがなくなったヒロトたちがどう遺跡の謎に立ち向かっていくのか、次回以降も楽しみにお待ちください!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!


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