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第六百四話『優しさのカタチ』

 ランチが届いてから十数分後。来る前はかなりのボリュームだと思っていたランチたちは、米粒一つ、野菜の切れ端一つ残ることなくきれいに食べつくされていた。いつもの夕飯かそれ以上を食べたはずなのに、まだ食べ足りないと思う自分がどこかにいるのが恐ろしいところだ。


「ふう、食べた食べた……。もう少しのんびり語らいながら食べるつもりだったけど、思わず夢中になって食べつくしてしまったね」


「それはみんな同じだから大丈夫だな。『うまい』とか『すごい』とか、皆いつもの口数の多さはどこ行ったってくらいに表現が少なかったし」


 異世界の美食に触れるたび、食べながらしっかり喋れることの凄さを改めて実感するばかりだ。食べている時はあれやこれやと思い付きはするが、それを飲みこむと同時に旨味が全部を持って行ってしまうからな食べた時の感想を食べ終わりに持ち越してしっかり感想を言えることがどれだけすごい事か、俺は何度でも食レポの方々に敬意を表さざるを得なかった。


「……さて、そろそろ出ましょうか。皆さん、満足していただけましたか?」


「満足なんてレベルじゃないわよ……。私が王都に住んでたら間違いなく常連になる自信があるわ」


「私も同感だな。というか、エルフの皆に伝えたらこのレストランのために里を下りて王都に住む者がいてもおかしくないと思えるくらいだ」


 ロアからの問いかけに、俺たちはもちろん揃って首を縦に振る。百点満点でも足りないくらいの満足度を、俺たちはこのランチを通じて得ることが出来ていた。


「それなら良かったです。お会計は私が持ちますので、どうぞお構いなく」


 俺たちの反応に安堵したような笑みを浮かべつつ、ロアは注文票を手に取って席を立つ。あまりに自然なその動きに俺たちは一瞬あっけにとられたが、すぐに気づいて俺たちはその背中に声をかけた。


「いやいやいや、俺たちも出すから! こんないいとこ教えてもらってタダ飯は流石に申し訳ねえって!」


「そうだぞロア、私たちからも気持ちを示させてくれ! いいものにはそれ相応の代価が付くべきだからな!」


「……そう、ですか? それじゃあ、半額だけお支払いを――」


「いいや、ボクたちが四人分払うよ! 四人で共通管理の財布があるしね、ネリン?」


「ええ、そうね。……ここのお礼も兼ねて、ちゃんと公平に支払わせてちょうだい?」


「……ですが、最初に腹ごしらえをすることになったのは私の都合ですし……」


 俺たち四人の心が一つになって、必死に公平な割り勘を要求する。それを見て、どこか納得できないようにロアは視線をさまよわせていたが――


「……っはは! さっきから聞いてれば面白い奴らだな、お前たちは!」


「……マスター、聞いてたんですか?」


 気が付けばカウンターに顔を出していたマスターが、俺たちのやり取りに豪快な笑みを浮かべる。思わず全員がマスターの方へと視線を向けると、そこには得意げな笑みが浮かんでいた。


「ロア、こういう申し出は受けとくもんだぜ? 単純に得が出来るし、招待された側の顔を立たせることにもなる。全部持とうって優しさも大事だが、相手方の優しさを村著するのだってまた優しさってもんだ」


「……そういうもの、なのですか?」


「そういうモンだ。自分自身が納得できる形ってのは確かに大事だが、そればかりを貫き通した結果自分しか納得させられないんじゃただの独りよがりになっちまうぜ?」


「……っ!」


 的を射たマスターの表現に、ロアではなく俺が思わず息を呑む。それは、俺たちがロアに伝えようとしているメッセージにも少しだけ近いものだった。


 ロアは今、誰からの評価も受け付けないようなところで一人修練を積み重ねている。それは他者からの悪評に揺るがないということだが、同時に好意的に見てくれている他者からの評価も同じようにシャットアウトしてしまっているのと同じことだ。……ちょうど、今のロアがゼラからの評価すらもシャットアウトしてしまっているように。


「全部背負うのも確かに優しさだが、そればかりが優しさってわけじゃあねえ。……今日は違う優しさを使ってみようってのが、マスターであるオイラからロアへのおすすめメニューだぜ?」


 ロアの目をまっすぐ見て諭すように語られたその言葉は、まるで教師が生徒に薫陶を授けているかのようだ。……この人がカフェを作り上げたと聞いても、今なら納得できるような気がした。


「……そう、ですね。それじゃあ、私は私一人分の料金を払うことにします。……皆さんも、それで大丈夫ですか?」


「もちろん。ちょうどクエストの報酬金もあるし、こういう時のための貯金だってちゃんとあるもの」


 おずおずとしたロアの問いかけに笑顔で応え、ネリンはバッグから財布を取り出す。そして、俺たち四人共同で使っている財布から四人分のランチ代を取り出し、マスターの立つカウンターに軽く置くと――


「……はい、毎度あり! また来てくれよなー‼」


 それを引き出しにしまいつつ、マスターは俺たちに笑顔を浮かべる。絶対にまた来ようと、俺は心の中で硬く決心した。……出来るなら今度はゼラと一緒に、な。

 ロアだって本当に孤立しているわけではないんですよね。支えてくれようとしている人、支えたいと思っている人がたくさんいて、だけどロアは一人で頑張ろうとしている。その考え方がヒロトたちとの交流を通じてどう変わっていくのか、ご注目していただければ幸いです!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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