第五百九十四話『勘違い』
「よし、崩れた!」
「行くわよアリシア、左は任せるからね‼」
ミズネによる一撃が直撃したのを確認して、ネリンとアリシアは間髪入れずに地面を蹴りだす。寸分の迷いもなく左右に分かれて進んでいくその連携は、俺が見ていない間に更に綺麗なものになっているような気がした。
「……ヒロト、珍しいじゃないか。まさか、私たちに隠れてあんな練習をしていたのか?」
二人の姿を思わず見つめていると、隣からミズネがそう声をかけてくる。もう完全に安心しきっているのか、ミズネは魔術の構えを解いていた。
「いや、アレに関しては完全にアドリブだよ。今俺にできることって何かなって思った時、アイツらの武器の負担を減らしてやろうって思っただけだ」
「そうか。……それなら、なおのこと珍しい事だな」
俺の返答に、満足そうにミズネは目を細める。俺の目をまっすぐに見つめるその姿は、なぜか母親のように見えた。
「お前は昔からアドリブを……というか、自分の考えで行動するときに少し迷っているようなそぶりを見せがちだったからな。あそこで迷い無く自分のやりたいことが出来たなら、ちゃんと自分を見つめ直しただけの価値はあったんじゃないか?」
「手放しで賞賛されるにはまだ早い気もするけどな。……まだまだ、お前たちの背中は遠く先だよ」
支えるだけじゃなくて、いつかはちゃんと自分の手足で戦えるようにならないといけないからな。褒められたことは嬉しいけど、そこで満足するばかりじゃいけない。
「だからさ、ちょっと待っててくれよな。今はまだまだお前たちについてくばっかりだけど、いつかはちゃんとお前たちに背中を見せられるようになるからさ」
「……そうか」
ミズネの目をまっすぐ見つめ返して、俺は堂々とそう宣言する。それにミズネはきょとんと眼を丸くしていたが、ほどなくしてふっと小さな笑みを浮かべた。
「……なんだよ、何かおかしかったか?」
あまり似合わないことをしたかなと不安になりながら、俺はミズネにその笑顔の真意を問う。ミズネが少し慌てた様子で手をひらひらと振ったのと同時、前の方で炎と雷が一気に炸裂していた。
「……いや、二日もあれば人はここまで変われるのだなと驚いただけだ。……立派になったな、ヒロト」
「ミズネにそう言われるとなんだか嬉しいな……。もちろんまだここで満足する気はないけど、それはそれとしてすごくありがたいよ」
俺たちのパーティに加わってからずっと、ミズネは俺たちの仲間であり師匠だったからな。ミズネに褒められるってのは、他の仲間達から褒められるのとはまた違った感慨がある物だ。
壇上で泣いてしまった結果発表の時も、ミズネが真っ先に支えてくれたしな。……あのフォローが無かったら、場の空気はもっと台無しになってしまったかもしれない。それがちゃんとした祝福ムードで追われたのは、間違いなくミズネのおかげなのだ。
「はは、そう言われると私も少しくすぐったいな。……だがヒロト、お前は少しだけ勘違いをしているぞ?」
「勘違い……?」
「そうだ。思い違いと、そう表現したほうが近しいのかもしれないがな」
そこで言葉を切ると、ミズネはふっと視線を前の方に向ける。つられて俺も前の方を見つめると、そこには俺たちの下へと戻って来る二人の姿があった。
「……ミズネが仕留め損ねた奴、大体仕留めて来たわよ。多分これで全滅したと思うわ」
「ま、生き残ってたのも大体重傷を負ってたしね。本当、ミズネの破壊力には頭が上がらないよ」
額に少し汗をかきつつ、二人は爽やかな表情でミズネに報告する。それにミズネが大きく頷くと、その視線は一斉に俺の方へと向けられた。
「……ヒロト、これ返すわ。アンタの言う通り、役に立ってくれたからね」
ネリンが軽く腕を振ると、茶色の塊がふわりと宙を舞う。落とさないようにそれをとっさにキャッチすると、ただでさえ小さなその塊の角がぼろりと崩れた。
「……これ、俺が作った……」
「ええ、宣言通り二発は保ってくれたわよ。おかげで剣を傷めずに済んだわ」
「ボクの方でも大活躍だったよ。使い方が悪かったのか、僕の方が持ち手の欠片すら残らなかったけど……」
「……いや、良いんだ。俺からしたら、使ってくれただけでありがたいからさ」
役目を終えて残骸だけになったそれを見つめて、俺は思わず笑みを浮かべる。ボロボロになったそれが二人の役に立てた証のように思えて、なんだかちょっと誇らしい。
「さて、これで一つ目のポイントは制圧したな。……残り三ポイント、気張っていくとしようか」
「ええ。……カガネ代表として、しっかり名を刻んでこなくっちゃね」
俺がそんな感慨に浸っているのも束の間、ミズネが凛と声を張り上げて次の方針を示す。ミズネが言ってた俺の思い違いってのは少し気になるが、それを聞くのはきっと今じゃないだろう。……全部終わった後、また改めて聞いてみることにするか。
「よし、それでは出発だ。皆、油断はしないようにな!」
ミズネの号令に、俺たちは口々に続く。次は三発分保つ棍棒を作ろうと、俺はこぶしを突き上げながら内心で誓った。
ミズネが示した勘違いの正体とはいったい何なのか、そして仕事は最後まで上手く行くのか! ヒロトだけではなく、他の面々の成長にも注目しつつご覧いただければ幸いでございます!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!




