第五百九十三話『二人に贈る習作』
「……久々に見ると広いな、この場所……」
「どこまで行っても草むらばかりだものね。このまま走り続けても草むらのままなんじゃないかとか、少し思っちゃうのは少しわかるかも」
クエストの所定位置を目指して歩みを進めながら、俺は広大な平原を見つめて思わずつぶやく。それにネリンが乗ってきたことを皮切りに、残りの二人もグッと距離を詰めて来た。
「これだけ平地が続いていると、馬車による輸送が楽なのも何となく理解できるってものだよね。この平原を遮るの、基本的には魔物たちだけだし」
ぐるりと周囲を見回しつつ、アリシアが興味を隠しきれないと言った様子でそう口にする。充魔期らしく俺たちの視界にはかなりの数の魔物が居たが、そのどれもが他の冒険者と戦っていたりこちらに気づいていなかったりで俺たちの雰囲気は結構朗らかなものだった。
俺たちが今いるのは王都の東に位置する平原で、普段ならばせわしなく王都へといろんなものを輸送する商会の馬車が走っているのだそうだ。しかしこの状況では馬車も景気良く運航するわけにはいかず、結果として王都の物流はかなり滞り気味であるらしい。
今まで宿とかレストランに行った感じ、そう致命的な物資不足が起きているようには思えなかったけどな……実力のある商会は転移術者を一人従えてるとか言うし、完全に物流ストップが起きているという訳でもないのだろう。
だが、王都に物を運ぶことを生業としている人たちからしたら充魔期は死活問題だ。だからこそ、冒険者たちは毎日気を張らなきゃいけないわけで――
「俺たちの頑張りが誰かの明日にもつながる。そう言うことだよな?」
「ああ、その通りだ。そう聞くとやりがいのある仕事だろう?」
俺の確認に片目をつむって応えると、ミズネはおもむろに右手を掲げる。天に向けたその右手にミズネの魔力が渦巻き、一瞬にして氷の槍へと変じた。
その規模はあまりにも強大で、おそらくターゲットになっていると思われる四十メートルくらい先の魔物の群れくらいなら一発で半壊させてしまうだろう。相変わらず、ミズネの才能はすさまじいものだ。
だがしかし、それを見上げてばかりいるのはもうやめだ、凄いものは凄いが、だからと言って自分の価値が無価値なものへと貶められるわけじゃない。……ただ、やれることを探し続ければいいのだ。
ミズネが一発ぶっ放した後の事を想定してか、ネリンとアリシアはすっと小さく腰を落とす。その手がお互いの愛剣に触れようかと言ったところで、俺は二人に声をかけた。
それと同時、俺は脳内で明確にある物をイメージする。久々の魔術と言うこともあって体の中からごっそり何かが引き抜かれたかのような脱力感があったが、それだけの成果はちゃんとあった。
「……二人とも、これを使ってくれ」
振り向いた二人に向けて投げ渡したのは、岩魔術で生成した剣――のつもりだったが、実際はただの棍棒だ。もう少し鋭く作れたら百点満点だったが、それに至るにはまだまだ修練が足りないようだった。
「ヒロト、これは……?」
「毎回毎回愛剣に魔術を宿してたらガタ来るのも早くなっちゃうかもしれないだろ? あんまり強度があるとは言えないけど、使い捨ての武器としては役割を果たしてくれるんじゃないかと思ってさ」
こうやって王都に滞在している以上、鍛冶屋さんに手入れを頼むのも難しいからな。あれだけの腕を持った鍛冶師が王都に居るかどうかは賭けに等しいし、出来る限り武装の消耗は少ない方がいいだろう。
「へえ、確かにいいくらいの大きさじゃない。ありがとうヒロト、遠慮なく使わせてもらうわ」
「そうしてくれ。……近接戦闘が未熟な俺からの、せめてもの贈り物だからさ」
いつかはもっときれいに形を整えた岩剣を使って、俺も前線に出てやるのだ。だからこれはそのための習作とも言えるものだが、そこに関してはしっかりと隠しておく。いつかちゃんとびっくりしてほしいからな。
俺たちのやり取りが一段落ついたのを見て、ミズネは一度瞑目する。……そして、次に目を見開いたときには、その表情はとても真剣なものへと変わっていた。
「よし、皆準備は完了したな? ……それじゃあ、行くとしようじゃないか‼」
高らかにそう宣言して、ミズネは氷の槍を放り投げる。……その数秒後、魔物の断末魔が真昼の平原に響き渡った。
ヒロトの野望もなんとなく明らかになりつつ、久しぶりの仕事が幕を開けます! ここからはしっかり明るい雰囲気で続いていくと思いますので、皆様楽しみにしていただければ幸いです!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!