第五十七話『沈む日を追って、いざ』
「結局おすすめ全部買いつくしてしまった……」
「商売上手の本気を見た、って感じね……」
初めての依頼の分をすっかり使い果たし、すっかり薄っぺらくなってしまった財布を見つめながら俺たちはしみじみとこぼす。俺たちの両腕には、べラムさんおすすめの魔道具がぎっしりと詰まった袋がぶら下がっていた。
「まあまあ、この町一番の魔道具をこんなに買い込めてよかったじゃないか。その話を聞いたらみんな羨ましがるぞ?」
どこか遠い眼をしている俺たちに向かって、ミズネがくすくすと笑いながら呼びかける。べラムさんともどもプレゼンに乗り気だったミズネは、俺たちのこの結果にご満悦の様だ。
「いや、優れものであることは分かってるんだけどさ……なんか釈然としないというか……」
「そうよね……言いくるめられたというかなんというか……」
落ちかけの夕日を見つめながら、俺たちはそろってため息をつく。俺たちにまとわりついているのは、なんとも言い知れぬ敗北感だった。
「ま、あんな奴だが腕は確かだからな。この先必ず役立ってくれるだろうさ」
「ポーチまでつけてもらっちゃったしね……悪い人じゃないのは分かってるんだけど」
「……目下のところ俺たち一文無しだもんな……」
これでも割引したほうだぜ?といたずらっぽく笑うべラムさんの姿がありありと蘇ってくる。貴重な知識の代償に消えたお金を思い、俺はもう一度大きくため息をついた。
「さて、そろそろ夜だな。講義ついでに休ませてもらったわけだが、二人とも体力は大丈夫か?」
いつまでもうだうだしてはいけないと察したか、ミズネがそう言って話題を本筋へと戻す。いろいろと未練はあるが、俺だってそれを言ってもどうにもならないことは分かっていた。
「ああ、かなり手厚くもてなしてもらったからな。体も軽いし、眠気もない」
「あたしもいつでも行けるわ。早いとこ依頼をこなして、カガネの街に拠点を構えなきゃね」
俺たちが大きく頷いて見せると、ミズネは満足そうな笑みを浮かべた。
「ああ、ここでうかうかはしていられないさ。迷いの森を攻略した私たちなら、不可能なことなんてあまりないだろうな」
「そこは『何も』っていうところじゃねえのか……?」
「過度な自信は危険を生むからな。常に油断することなかれ、だ」
俺が指摘すると、ミズネは頭を掻きながらそう返す。初対面のころを思えばずいぶんと打ち解けた俺たちだったが、その慎重な気質は根っからのものの様だった。
「ま、べラムさんのお守りもあるし何とかはなるでしょ。現地にも冒険者はいるだろうし、協力し合える人もいるかもしれないしね」
冒険者は持ちつ持たれつなんだから、とネリンは繰り返す。あくまで楽観的な姿勢だが、案外ミズネに必要なのはそう言う観点なのかもしれなかった。
「俺たち、もしかしたら予想以上にバランスのいいパーティなのかもな……」
「金銭バランスは今のところ良くないけどね」
あくまで独り言のつもりだったのだが、それを聞きつけてネリンが乾いた笑いをこちらに向けてくる。俺が苦々しげに肩を竦めてやると、横からミズネの笑う声が聞こえた。
「まあまあ、パーティのお金は後でまた均等に分けるとしよう。遺跡調査だって報酬は出るだろうしな」
すっとミズネが口にした言葉に、俺の耳がピクリと反応する。ふと横を見れば、ネリンも同じような姿勢で立ち尽くしていた。……多分、俺たちがそうなった理由はまるっと同じだ。
「……やる気、さらに増したかもしれねえ」
「……すっごく奇遇ね。あたしもそうなの」
もちろん元からやる気がなかったわけではないが、よく考えればこれは非公式とは言えギルドの職員――メルジュさんからの依頼だ。この異世界を満喫するためにも、ある程度の資金は必要だからな。遺跡ということだし、もしかしたら貴重な素材だってあるかもしれない。
「待ってろよ、俺の財布……」
すぐに小遣いでパンパンにしてやるからな……と、俺は薄っぺらい財布に語り掛ける。物に語り掛けるなんてガラじゃないが、それでもすっからかんの財布を見るのは胸が痛かった。
「……何はともあれ、やる気が出ているなら善は急げだ。私たちの受け持つ時間は日が落ち切った後らしいから、すぐに動き出せるように現地に向かっておこう」
間違いなく目の中にお金が浮かんでいるであろう俺たちを見て苦笑しながら、街の外へ出る門に向かって体を向ける。日はさらに傾き、今にも夜になろうとしているところだった。
「思ったよりも遅れてしまったからな。できる限り速足で、だけど安全に気を付けていこう」
「安全第一、だもんな」
「もちろん。それができるのがパーティの強みなわけだし」
ミズネの呼びかけに口々に応え、俺たちはそろって街の外へ向かって歩き出す。縦一列じゃないのが昨日との大きな違いで、こっちの方が俺は好きだ。
「支えあってる仲間って感じがするから……だろうな」
「……ヒロト、今なんか言った?」
「……んや、ただの独り言だよ」
今度は聞きつけられなかったことにほっとしつつ、俺はネリンにそうとぼけてみせる。
――俺たち三人での二度目の旅が、幕を開けようとしていた。
次回から本格的に遺跡探索が始まります!三人の前に何が立ちはだかるのか、そして魔道具の活躍はあるのか!盛りだくさんでお届けしていきますので、楽しみにしていただけると嬉しいです!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!