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第五百七十六話『少しだけ先に立って』

「……君は、どうしてそんなにも世話を焼いてくるんだい?」


 拳の代わりに飛んで来たのは、どこか疲れたような問いかけの言葉だ。その声は弱々しくて、さっきまっであった威圧感は今度こそ本当に消失しているように思えた。


 その姿こそが本当の意味でゼラの素なんだろうと、俺はなんとなくそう直感する。あの威圧感だって本省の一部ではあるのだろうが、その奥に踏み込めばそこにはもっと弱々しいゼラの姿がある。……自分のことをどうしたって認められない、弱いゼラがうずくまっている。


 それを否定する気もないし、強引に立ち上がらせて『お前は凄い奴なんだ』って叱咤激励してやる気も俺にはないんだけどな。そうされても自分自身で納得できるようになるわけじゃないのは、他でもない俺が一番よく知っているのだから。


 結局のところ自分を認めてあげられるのは自分だけで、最終的に進むべき方向を決められるのも自分だけだ。……だから、まずはそれに気づかなきゃいけないよな。


「お前の進む方向が間違ってるように見えたから、としか言いようがないな。お前がそれでも今の道を進み続けるんだっていうなら俺は止められないけど、間違ってると思うって意見を伝えるだけならお前に不利益はないだろ?」


「……いや、そうじゃなくて。高々出会って数日しか経たない、しかも君のことを遠ざけようとした人間に、何で君はそこまで構うんだってことが聞きたいんだよ」


 俺の返答に更にゼラは戸惑い、またしても自分のことを貶めるような言葉が口を突いて出てくる。……やっぱり、自己否定ってのは自分の根っこに染みつくと中々離れてくれないんだろうな。かくいう俺だって、自分のことを認めてあげられたわけじゃないし。


 ただ、それでもマシになろうと前を向けただけで俺はゼラの前に立っていると言ってもいい。……だから、手を差し出すのだ。同じところに並べるように。


「……お前がちょっと前の俺と同じようなことになってたから、かな。ぱっと見では気づかなかったけど、話を聞けば聞くほど俺の姿とダブって来てさ。これはちゃんと言わなきゃ一生直んない奴だってなんとなく理解出来ちゃったんだよ」


 なんせ俺がそうだからな。この二日間で駆けられたいろいろな言葉が無ければ、俺は間違いなくずっとあの精神性のままで日々を過ごしていただろう。それが行きついてた先を想像するだけで、温まっているはずの俺の背中に寒気が走る。


 だから、俺はゼラに立ち上がってほしいのだ。それで、出来れば変わっていってほしい。……ゼラは努力の人だから、俺と並んで一緒の悩みに向き合ってる時間は少ないかもしれないけどさ。


「遠ざけようとしたことに関しては気にしてないし、お前の生まれがどうこうとかも今となっちゃ関係ない。冒険者としてのお前は、間違いなく王都に存在してるんだからさ」


「……だからって、図々しく隣にいていいのかい? 僕の望みだけで、これからもどんどん大きくなっていくであろうあの子の、ロアの隣に居ることなんて――」


「――そう思ったからって距離を取ることが、お前にとって誇らしい在り方なのかよ」


 しどろもどろになり始めたゼラに対して、俺はあえて声を低くしてそう問いかける。……その瞬間、ゼラはごくりと息を呑んだ。


「それがお前にとって誇れることなら俺はもう止めない。好きにしてくれ。……だけど、そうじゃないなら俺の話を聞いてくれ。……そんな行動は誰のためにもなってないって、分かってくれ」


 ずいぶんとワガママなことを言ってると思う。ゼラの嘘を人質に取って、それが嫌なら俺の話を聞いてくれなんて、ずいぶんあくどい奴になったと思う。……正直なところ、この話が終わった後のゼラが俺の事を大嫌いになっていたって別にいいのだ。

 

 ゼラもロアも、幸せになってほしい……ならなくちゃいけない人だと思う。そのそばに俺たちもいられたらそりゃ一番の幸福だけど、そこまでを求めるのは流石に押し付けが過ぎる。


 だから、一番大事なところだけ押し付ける。……『大事な人の傍に居ることを諦めるな』って、そんな身勝手な部外者の主張だけを、強く強く押し付ける。


 その思いがゼラの中に少しでもあったのなら、それを呼び起こしてあげられるように。……諦めなくていいんだって、ゼラが今までの考えから抜け出せるように。


 その俺の願いがどこまで伝わっているかは分からないが、ゼラは瞳を揺らして俺の方を見つめている。……その眼もとには、光るものが浮かんでいた。


「……迷惑だったりしないかな。僕がそばに居ることを、あの子は疎んだりしないかな」


「さあ? それに関しては俺に聞くことじゃねえし、初対面の時に真っ先に聞くべきはずだったことだ。……それを聞けてなかったこと自体が、お前がロアと一緒に居ることを諦められなかった証拠なんだからさ」


 というか、その答えを求めようとしている時点でゼラの気持ちなんて決まっているようなものだ。本当に自分のことがロアにとって必要ないと思ってるなら、そんな疑問すら持たずにそそくさと離れてしまっているだろうからな。


「……本当に君は、どこまでも世話焼きなんだね」


「ちょっと前の俺を見てるみたいで見てられなかったからな。……嫌、だったか?」


 あんだけいろいろなことを言ってそう問いかけるのも今更な気がするが、俺はすっかり表情の薄くなったゼラにそう問いかける。それに対して何を思ったのかは、ゼラにしか分からないことだが――


「……いいや、そんなことは。風呂でする話にしては長いし暑苦しかったことだけは、文句を言ってやりたいけどさ」


――そんなことを言って、少しだけいつもに似た爽やかな笑みを浮かべたのだった。

ゼラとヒロトの抱えていた問題はその本質こそ違いますが、そこから生まれる自己肯定感の低さと言うか、自分自身の価値ってところには通じるものがあったのかもしれませんね。だからこそヒロトもあそこまで強く言えたのかもしれません。何はともあれ、風呂問答はこれでひと段落です!次から少し舞台は変わっていきますので、ぜひお楽しみにしていただければと思います!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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