第五百六十五話『第一歩目』
「……さて、これからどうしたものか」
俺にさんざん期待をかけたクレンさんは『後はあなたが進むだけですから』とか言ってどっかに行ってしまった。俺がやりたいことを自由にやってほしいが故の行動なんだろうが、それにしたって放任主義が過ぎるだろう。俺の姿に一番期待してるのは、他ならぬクレンさんのはずなのに。
「ま、それもまたメッセージってことだろうな」
がりがりと頭を掻きながら、俺はそんな風にまとめる。何をしたらいいか分からないという現状は全く変わっていないけれど、心はやけに楽だった。……多分、俺の進みたい方向に行くのが正解なんだって思い込めているからだと思う。
自分のやりたいようにやるのが正解とは限らないし、自分を抑えなかったことで失敗してきた奴らを、そう言う物語を俺は知っている。だから、俺がそうならないとは決して言いきれないのだ。
だが、正解だと信じたいのが俺の素直な気持ちだ。自分がやっていることが間違ってるだなんて、自分で自分を否定するような真似はしたくないのだ。……折角自分が決めた道なんだから、その正しさくらいは信じたいし、正しかったって言えるようにしたい。そんでもって、そうするために行動できるのは俺だけだ。なら、覚悟を決めてやってやるしかないだろう。
「……と言っても、何をしたらいいかは分かんないままだけどさ……」
その答えは図鑑にも書いてないし、誰かに縋ったところで得られるものじゃない。ネリンやミズネ、アリシアの背中に追いつけるように、いつかは追い越せるように、そのゴールに至るための小さなゴールを俺は今から作らなければいけないんだ。
「分かっちゃいたことだけど、道のりは遠いなあ……」
燦燦と太陽が照り付けている街中で、俺はふっとため息を吐く。でもそれは前まで見たいな憂鬱さを纏ったものじゃなくて、思考をリセットしたいがための一呼吸だった。
今日はなんだかいつにも増して暑かった気がするし、汗もかいてるんだよな……。何を考えるにしろ、とりあえずは風呂に入って汗を流すところから始めた方がいいかもしれない――
「――あ」
そこまで考えて、思い出す。銭湯が好きな一人の少年のことを。充魔期という異常事態の中でもマイペースに行きつけの銭湯で汗を流していた、爽やかな強者。……きっと、ミズネと同じ領域に立っている人。
「……向き合うしか、ないよな」
顔を合わせない時間が出来てしまったが、アイツは今日も仕事の後には銭湯に向かっているだろう。店主さんからしたら少し迷惑かもしれないが、それは何とかして許してもらおう。俺が考えつく限りでは、そこは避けて通れないところだし。
「……それじゃ、のんびり向かうとしますか」
すっかり取り出すことの減った図鑑を開いて、俺はあの銭湯の場所をもう一度調べ直す。意外とこの店から近い事が初めて分かって、俺は思わず苦笑してしまった。……きっと、それならのんびり歩いてもアイツが来るのに間に合うだろう。だから、その間は一人で作戦会議と行こうじゃないか。
「……お前からしたらいきなりで戸惑うかもしれないけど、許してくれよな――ゼラ」
鉄の刃を纏って戦場を舞い踊るその姿を思い描きながら、俺は銭湯に向けてゆっくりと歩き出す。大きなゴールへとたどり着くための一歩が、軽い音を立てて王都の街に小さく響いた。
ということで、ここからはヒロトのカッコいいところがたくさん見られると思います!――見れたらいいな! この先の彼がどうするのかはまだまだ不透明ですが、懸命に進んでいこうとし始めた彼の背中を押していただければ幸いです!
――では、また次回お会いしましょう!