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第五百五十八話『図鑑では、届かない』

 正しい答えが無い問題がこの世界にたくさんある事なんて、俺だって知っている。知っているし、ここまでたくさんそういう問題にも向き合わされてきた。……それは別に、この世界に来てから始まったことじゃない。


「答えがない問題なんてたくさんあって、だけどその中で自分なりに正しいと思ったことをやり抜くしか行けないことだってあって。……んで俺、そういうアドリブが苦手なんですよね」


 より正確に言うなら、アドリブを迷い無く演じ切って見せることが苦手なのだろうか。ずっとこれでいいのかという問いに苛まれながら動いている時もあるし、たとえ上手く行ったとしてもそれ以上の結果があったんじゃないかって考えずにはいられない。……どれだけそれをやめようとしても上手く行かなかったから、これはもう俺の性のようなものなのかもしれない。


 いつだって正解でいたい、最善でいたい。……そうすれば、皆が喜んでくれるから。だから俺は踏み外したくないし、出来る限り間違えたくない。クレンさんの指摘通り、俺はずっとたった一つの正解を求めていた。


「……だけど、世の中そんな甘い事ばかりじゃないわけで。……そのうちの一つがこれですよね」


 あの罵声を浴びせられたとき、俺はどうしていればよかったのだろう。ロアに話を持ち掛けられたとき、俺はどんな心持ちでそれを受け止めればよかったのだろう。ヴァルさんの過去を、俺はどんな風に受け止めればよかったのだろう。ネリンが俺の部屋に来てくれた時、俺はどうしたらアイツを安心させられたのだろう。――全部全部、今でもなお分かんないままだ。


 あらゆる行動が正解に見えて、そのくせ少し考えたらすぐに間違いだってことが露呈してくる。……あまりにも、正解みたいな選択肢が多すぎた。


「今の俺がダメなのは分かってます。どうにかしなくちゃいけなくて、そのための行動を起こさなきゃいけないのも分かってて。……だけど、どこに行っても行き詰ってるような気がしちゃって」


 ロアに動向を拒否されて、俺の行く先は完全になくなってしまった。……いや、この場合は縋る先とでも言えばいいのだろうか。クレンさんが見つけ出してくれなければ、俺は今でも街中をふらふらとほっつきまわる事しかできていなかったに違いない。……何を考えても、その先には行き止まりがあるような気がしてしまうのだ。


 まとまりのない俺の独白を、クレンさんは時折頷きながら聞いている。すぐさま割り込んでこない穏やかな姿勢が嬉しくて、だけど同時に怖くもあった。……何を考えてるのか、もう自分の中でもよく分からなくなってきたな。気分はまるで高校の面接試験だ。


「……今のままの俺じゃいけないんです。どうにかして、俺はあいつらに並び立たなくちゃいけなくて。でも、そのための正しい道のりが見つからなくて。……どうしようも、ないんですよ」


 この世界で俺に降りかかってくる問題は、そのほとんどが図鑑に答えが乗っていないものだ。図鑑に答えがないってことはつまり、『明確な答えが定義されてない』ってこととほぼ同じことなわけで。……確かな答えしか、図鑑は示してくれないんだから。


「……なるほど、それが今のヒロトさんの本音ですか。……思い返すのもつらいでしょうに、ちゃんと思い返してくれてありがとうございます。……おかげで、一つ決定的なことが分かりました」


『どうしようもない』という結論に行きついた俺の言葉に頷いて、クレンさんはその主張を受け止める。その眼は、優しいながらも俺の事を決して視界から外すことはなかった。


「……分かったこと、ですか」


「はい。色々と混迷している状況なのは確かですが、私のような者にも確実に分かることがあります。……いや、私だからこそ分かるのかもしれませんが」


 そう告げると、クレンさんはゆっくりと両目を瞑る。瞬きというにはあまりに長いそれが終わって、クレンさんは俺の事をもう一度見つめた。


「……っ」


 その目線を受けて、俺は思わず息を呑む。今までに感じて来た息苦しさとか申し訳なさとか、そういうのとは一線を画すような緊張感が俺の全身に走っていた。


 なぜなら――


「……今のヒロト様より、二か月前、私と初めて出会った時のヒロト様の方が、よっぽど上等な冒険者だったということがね」


――今までよりもワントーン低いその声に対応するかのように、その目付きはあまりにも険しいものになっていたのだから。

この世界の全てがヒロトに優しいわけではもちろんありません――というか、ガツンと言ってやりたい人はきっとたくさんいたと思います。今もなおうじうじとふさぎ込むヒロトに怒れるクレンは何を語るのか、楽しみにしていただければ幸いです!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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