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第五百五十六話『言いたくない事』

「……ふう、いい仕事でした。この鍛冶技術をカガネに持ち帰れば絶大な効果が見込めるでしょうね」


 暫く酒を飲み交わしたのち、クレンさんと俺は鍛冶工房を後にした。かなり飲んでいたはずなのに、隣を歩くクレンさんの顔色はいかにも普段通りと言った感じだ。


 ほくほく顔で歩いてるあたり、かなり有意義な時間だったんだろうな……。商談よりも宴会の時間の方が長かったから、俺はいまいちそれが実感できないんだけども。


「……それ、そんなに凄いものだったんですか?」


「もちろん。個人で突き詰めたものとは思えないほど確立された理論ですよ。これをカガネに持ち帰れば、さらなる技術の向上が見込めるでしょうね」


 そういうのを拾い上げるのも私の役目ではありますので、とクレンさんはご機嫌に笑う。その横顔はとても楽しそうで、達成感に満ち溢れていた。


「……こういうことをしてるなら、事前に言っておいてくれればよかったのに」


 何も言ってなかったからメチャクチャ怪しく映るだけで、やってる事的にはまっとう極まりないしな……。先に言われてたって誰も止めやしないし、むしろ応援してただろうと思えるくらいだ。こそこそしなくたって、胸を張ってやってればいいと思うのだが――


「いえいえ、一応私たちは冒険者としてこの街に来た身ですから。それがクエストにも出ずに商談にかまけているとなれば、ロアさんたちからの印象が下がってしまうかもしれないでしょう?」


 リスクヘッジという奴です、とクレンさんは軽く笑みを作って見せる。その結果として動いていることが俺らにもばれてなかったんだから、その徹底っぷりは流石としか言いようがなかった。


「クレンさん、もう冒険者としては引退している身ですもんね。あっちにもそれを説明すれば、無理に駆り出すようなことはしないんじゃないですか?」


 カガネの街に比べて厳しめの雰囲気が漂っていることは間違いないが、だからと言って一線を退いたベテランを無理やり駆り出してこなければならないくらいの状況じゃないことは間違いない。今一線で動いている冒険者たちは疲弊しているにしても、それが衰えた体に鞭を打たせる理由にはならないからな。


 だから、クレンさんはあくまで俺たちの引率役としての立場を保っていればよかったのだ。そうしたら、ここに来た本来の目的だってもっと効率的に進めることが出来ていたはずで。


 そのはずなのに、クレンさんはそうしなかった。それが不思議で、俺は問いを投げかけたのだが――


「……私はまだ冒険者として完全に終わったわけではありませんから。それを自分から宣言するのは、本当に戦えるだけの力が失われてしまった時だけです。言葉の力というのは、他ならぬ自分に対して最も強く効果を発揮してしまいますからね」


 ゆっくりと首を振って、クレンさんは俺にそう答える。その口調はひどく優しくて、まるで先生にやんわりと諭されているかのような錯覚に襲われた。


「『冒険者稼業は引退した』と自分で言ってしまえば、私は本当に冒険者として終わってしまうでしょう。ただでさえ衰えが来ている中で自分を誤魔化し続けている身ですからね。……ですが、誤魔化せる限りは私は冒険者という生き方を忘れたくないのですよ。……ああ、それに」


 俺の眼をしっかりと見つめて、クレンさんは一度言葉を切る。その猫のような瞳が、俺の姿をその中に映し出していた。……ああ、酷い表情だな、俺……。


 また自虐的な思考が始まる俺の事を知ってか知らずか、クレンさんは一度だけ瞬きをする。そして、穏やかな微笑みをその口元に浮かべると――


「『だから自分は無力だ』――なんて、そんな悲しい事はたとえ事実でも言いたくはないでしょう?」


「……っ!」


 クレンさんには詳しい事情は伝えていない。本当にさらりと、問題の初めだけを聞かせただけだ。……なのに、その言葉はまるで今の俺を見透かしているかのような言葉に聞こえて。


 背筋に冷たいものが走り、視界の端がぐらぐらと揺れ始める。……また違う人からの言葉を受けて、俺の中にあるしこりは変質を遂げようとしてしまっていた。

揺らぎに揺らぎまくっているヒロトですが、その先にしか彼の成長はありません。いずれぶつかる壁に今至った彼は、周りの人たちから何を学んでいくのか! 一歩を踏み出そうとする彼の姿、温かく応援していただければ幸いです!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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