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第五百五十話『差し伸べる側の苦悩』

「ありゃ相当重傷ね……。ほんと、とんでもない事をしてくれたものだわ」


 部屋に戻るなり向けられた二つの視線に、あたしは小さく首を横に振る。図太いようでいて繊細なアイツの悩みは、あたしが思っていたよりよっぽど根が深いようだった。


「まあ、力不足はずっと痛感してたところではあるだろうからね……。それをまっすぐ突きつけたあの人には、いささかデリカシーがないと言わざるを得ないな」


「ああ、何かしらの形で責任を取ってもらわなければならないだろうな。……まあ、そんな事をすればヒロトはさらに気に病んでしまうのだろうが」


「そうね。何とかしてやり返してやりたい気持ちは山々だけど、それはいったん置いときましょ」


 あたしたちがどれだけ手を差し伸べても、それを掴むヒロト自身が助けられることに納得できなきゃ何の意味もないしね。だからこそ、あたしも恥ずかしいのを我慢してあの時の話をしたのだけれど……。


「……もしかしたら、この世界に来る前のことが関係してるのかしらね」


 ヒロトを支配している考え方は、二か月で完成するにはあまりに凝り固まりすぎている気がする。あたし達と出会う前に起きた何かがヒロトのことを苦しめているんだとしたら、この問題はまた新しい側面を持ち始めてしまうだろう。


「……ねえ、二人はどう思う?」


 とはいえ、一人でそれを抱え込んでいてもしょうがない。あたしがそうやって二人に水を向けると、それぞれが首を深く傾げた。


「どう思うって言っても……なあ。ヒロトの自己評価が異様に低いのは、ヒロトに解決してもらう以外にやりようがないからねえ。何かしてあげられることがあるなら、ボクだってそのために全力をつぎ込めるのだけれど」


「手を差し伸べられるということ自体に、ヒロトが罪悪感を覚えてしまっているんだとしたら……私たちが何を考え実行しても、それがヒロトの無力感を刺激してしまうことになりかねんのだろう?」


「ええ、そうね。そんでもって、そこが一番の問題なのよ」


 差し伸べられた手を取ることに、申し訳なさを感じる必要なんてないのに。……まあ、その気持ちは痛いくらいに分かるんだけどね。


 与えられた環境に甘えられるのは、あたしがたまたまパパとママの子供だからじゃないのか、そうじゃなかったらあたしは冒険者を目指すこともできなかったんじゃないか――なんてのは、あたしがまだ子供だった頃に何度となく考えたことだ。それに対して答えが出せたからと言って、あたしが大人に慣れているかと言えばまだ怪しいんだけどね。


 だけど、さっきの疑問に対しての答えはとっくに出ている。あたしは、パパとママの子供だったから冒険者になれたんじゃない。伸ばされたたくさんの手を掴むことが出来たからこそ、今のあたしはここにいるんだ。


「誰かの力を頼ることは間違ったことじゃない。だって手を伸ばす人たちは、その人に幸せになってほしくて手を伸ばしているんだもの」


 伸ばされた手は、決して哀れみから生まれるものじゃない。少なくとも、あたしに手を伸ばしてくれた人たちにそんな感情はなかった。……だから、あたしもあの人たちと同じようにヒロトに手を伸ばしたいのだ。その手を掴むことを、あたしたちと一緒にいることを、ためらったりなんてしてほしくないんだ。


 それをまっすぐにヒロトに伝えられたらよかったのだけれど、それでヒロトが納得してくれるかと言われれば簡単には頷けなかった。アイツにも伝えた通り、自分が納得してあたしたちの手を取ってくれなきゃ意味がないんだから。


「押し付けられて手を取るだけじゃ、いつかヒロトはまた同じ悩みに襲われる。……だから、今ここでちゃんと教えなくちゃ」


「ああ、その通りだ。……私たちは、慈善事業でヒロトとパーティを組んでいるわけではないのだから」


「ボクたちは、皆が皆自分の意志でこの場所にいることを選んでいる。……ヒロトだって、きっとそうだ」


 あたしがグッとこぶしに力を込めると、それを真似るように二人の体にも力が入る。……試験とかそういうのは悪いけど二の次、ヒロトの悩みを、少し遠慮がちな価値観を変えることが今のあたし達の至上命題だった。


「……と言っても、直接的すぎる干渉はあまりできないのがもどかしいけどね。だからこそ、一回一回のアイデアに全力を尽くすとしましょうか」


「だね。……さあ、まだまだ夜は長いぞ?」


 あたしの提案に応えるようにして、アリシアがあたしたちに発破をかける。……その通り、まだまだ夜は長い。不思議と眠気も来ていないし、まだまだ思考は回りそうだ。


 ――ヒロトは、もう寝ているだろうか。寝ていてほしいなと、思う。せめて眠る時ぐらいは穏やかでいてほしいし、寝て起きたら少しは考えも前向けるかもしれないし――なんてのは、少し希望的観測が過ぎる気もするけど。


「それじゃあ、どこから行くとしようか。色々とアプローチの方法はあると思うのだが――」


 司会進行を務めるミズネの声を聴きながら、あたしは思考を問題の方へと切り替える。……あたしたちにできることが数少ないのだとしても、出来ることは精一杯やらなくちゃね。


「そうね……それじゃあ、一回言葉を介さない方向を考えてみる?」


――今更ヒロトに居なくなられるなんて、あたしたちはまっぴらごめんなんだから。

ヒロトが自分で評価しているより、ヒロトは仲間たちに愛されてたりします。まあ、それが恋愛感情なのかはここでは言及しないでおきますが……。ヒロトの認識と彼女らの認識が一致するのは果たしていつになるのか、そちらにも注目していただければ幸いです!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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