第五百四十六話『増えていく支柱』
「増えた、ってーと?」
そんな答えの真意を求めて、俺はもう一度ネリンに問いかける。それにネリンは迷うことなく頷くと、ピンと人差し指を立てて俺の方に向けた。
「元の世界にいた時のヒロトがどんな人だったかは分かんないけど、ズカンってものが好きで、それが心の支えだったんでしょ? それがあれば大丈夫だって、それが消えない限りは落ち着いていられる―ってな感じで」
「そうだな。図鑑に触れる時間を切らしさえしなければ、俺はいつでも大丈夫だったよ」
たとえ図鑑仲間が増えなくても、教室でずっと一人だったとしても。図鑑だけはいつも変わらずに俺の事を待ってくれていたし、いつだってそこには俺の好きな世界があった。……それが無ければ、俺はもっとつらい生活を送っていたんじゃないだろうか。
「だけど、この世界に来てから図鑑に頼れないような問題も増えて来て、それにつれて図鑑に触れる機会も減って。……それが何だか、自分の中で申し訳ないような気がしちゃうんだよな」
誰に対しての申し訳なさなのか、考えてもその答えは出てこないのだけれど。……しいて言うのならば、過去の自分に対してということになるのだろうか。図鑑にしか答えを求めてこなかった自分の生き方を、カレスに来てからの俺は否定してしまっているような気がして。
「ふうん……。やっぱり、ヒロトにとってズカンってそれだけ大切なものなのね」
「当然。俺の人生を語ろうと思うなら図鑑のことは避けて通れねえよ」
ネリンの問いかけに、俺は間髪入れずに頷く。その姿にネリンは柔らかい笑みを浮かべながら、素っともう一本の指を伸ばした。
「……だけど、この世界に来てからのヒロトはズカンだけじゃなくて色んなものに頼るようになった。……それはつまり、ヒロトが寄りかかれる支えが増えたってことなんじゃない?」
「……そういう事、なのかなあ……?」
事実としてはそうなんだろうが、それを素直に認めてしまうのは申し訳ない。……図鑑にも、過去の自分にも。
俺の生活の九割を占めていたと言っても過言ではなかった図鑑の存在は、俺にとって大きすぎるものだ。それに対しての比重が、大きすぎる環境の変化があったとはいえこんなにも変わってしまっていいのだろうか。……それは、図鑑に何もかもの答えを求めていた過去の自分を否定することになりやしないか。
「……じゃあ、質問を変えるんだけどね?」
思い悩む俺の姿を見つめて、ネリンはずいっと体を俺の方に寄せる。パーソナルスペースは広めな自覚があるのに、体を離す気は微塵も起きなかった。
「……ヒロトは、後悔してる? 今まで図鑑以外の力を頼ったことを、それで生まれた結果を後悔してるの? 『図鑑をもっと頼っとけばよかった』――って、そんな風に思うことはある?」
「……それは、そうだな……」
――そんな風に思ったことは、多分ないんじゃないだろうか。もっと自分にできることがあったかもとか、そういうふうに後悔したことはあったかもしれないけど。……結果を出すために図鑑以外のものに頼ったことを、間違えたなんて思ったことはない。
「……ないよ。その時その時で、俺はいろんな人の力を借りて来た。……それを間違いだなんて思ってないし、思いたくないな」
「うん、ヒロトならそういうって信じてたわよ。……だから、多分それが答えなの」
俺の言葉を聞いて、ネリンは嬉しそうに大きく頷く。どうやら、俺が見えていない俺の事までネリンには見透かされてしまっているらしかった。
「答え……っていうと?」
「簡単な話よ。やっぱりヒロトは支えにするものの数がどんどん増えてて、それがヒロトをいい方向に導いてる。……今悩んでるのはその反動というか、その事に気づかなくちゃいけない時が来たってことなのかもしれないわね」
「……確かに、言われなきゃ支えになるものとか気づけなかったもんな。というか、お前はどうしてそのことに気づけたんだ?」
とても説得力のあるその説明は、およそ今思いついて話しているようなことには思えない。むしろ、そこにはネリンの実感すら乗っかっているような気がして――
「ああ、確かにそこは説明しないともやもやするところかもしれないわね。……だけど、話は意外と簡単なのよ?」
俺の疑問に対して、ネリンは柔らかな微笑みを浮かべる。俺を見つめるその眼は、どこか懐かしいものを見ているかのようだった。
「……今のアンタは、昔のあたしによく似てる。だから、なんとなく考えてることが分かっちゃうのよね」
「……昔の、お前に?」
唐突に話がネリンの過去へと引き戻され、俺は思わず目を丸くする。どうやら、ネリンの昔話はここからが本番のようだった。
新年明けましておめでとうございます! 今年もヒロトと仲間たちが織り成す物語を見守っていただければ嬉しいなと思います!
さて、物語は実はよく似てる二人に更にフォーカスされていきます。ネリンの言葉がヒロトにどんな影響を与えるのか、ご注目いただければ幸いです!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!