第五百四十二話『思わぬ来客』
「こんな時間に一人で来るとか、珍しい事もあるもんだな。いつもは二人もつれてくるっていうのに」
事実として、ここまでの二日間は寝る直前まで俺の部屋で集まってだべってから解散するってことが多かったからな。それがあったからこそ、ネリン一人での訪問は俺にとっても意外だった。
今日はかなり騒いだし、買い出しまでしてくれてるから疲れてると思うんだけどな……。それでもネリン一人で来たってことは、よほど俺に言わなければいけないことがあるってことなんだろう。
「ええ、二人にはあたしから頼んで部屋に残っててもらったわ。大人数じゃ話にくいことって、誰にだってあると思うし」
「それはそうだな。……お前がそうやって切り出すの、何か違和感がある気はするけどさ」
俺たちの中でも、ネリンは特にいろんなことを躊躇せずに口に出していくタイプだって思ってたしな。それがいろんな人と仲良くなれるネリンの素養にもつながっていると思うのだが、どうやらその言葉はネリンにとってすれば不本意なもののようだった。
「なによ、人のことをあけっぴろげみたいに言って。あたしにだって話さないことの一つや二つくらいあるんだからね?」
「へえ、それは意外だな……。四人の中で一番隠し事が多いのは俺だと思ってたし、一番なんでも正直なのはネリンだと思ってた」
少しぶぜんとした様子のネリンを見つめて、俺は小さく息を吐く。別にディスりたかったとかそういうのじゃなく、ネリンにそういう類の秘密がある事は本当に思ってもいない事だった。
こいつらには打ち明けたにしろ、俺が異世界出身だっていうのは未だに俺のトップシークレットだしな。よっぽどのことがない限り、多分ロアにもその事実を伝えることはないままで終わるんだと思う。申し訳ないとは思うけど、仮に言ってみたところでロアのことを混乱させるだけのような気がするしな。
だからこそ、誰にでも感じたことを声に出していけるネリンのことはどこか眩しく見える。正直者というイメージが実際よりも大きくついていたのも、その事が俺の中で影響を与えていたのかもしれなかった。
「そりゃあたしにだって言いたくないことはあるわよ……? 恥ずかしかった時の話とか、子供のころにやらかしちゃったこととか。……まあ、今回あんたに話そうと思うのはその内の一つなんだけど」
さらりと告げられた来訪の理由に、俺は思わず身構える。ミズネとアリシアにも話せない秘密の話とか、もしかしなくても相当重大なものだ。それを俺にだけ話そうとか、どうしたって緊張するしかないのだが――
「――ああ、そんなに肩肘張らなきゃいけない話じゃないわ。あたしが今までこの話をしてこなかったの、ただ子供時代の恥ずかしい話ってだけだからね」
そんな俺の姿を見て、ネリンは苦笑しながら俺の肩を軽く叩く。その言葉に多分ウソはないんだろうが、それはそれで俺の中に新たな疑問が浮上してきてしまった。
「……でも、わざわざ二人に頼み込んでまでお前はその話を二人でしに来たんだろ? 確かに最近、そういう世間話とか身の上話とかできる時間は少なかった気もするけどさ」
ただ、それをするなら二人を読んだって別に大丈夫なはずなのだ。ここまで言葉を重ねても、ネリンがどんな決意を持って一人で俺の部屋を訪れたのか、それだけがよくわからなかった。
「……まあ、やっぱりそこは気になっちゃうところか……。出来るなら気楽に聞いてほしかったけど、そうするにはちょっと唐突過ぎたわね」
どこかバツが悪そうに頬を指で掻きながら、俺の問いに対してネリンは歯切れの悪い言葉を返す。それを区切りとして、俺たちの間に少しばかりの沈黙が流れた。
少し上の方を見つめながら、ネリンは所在なさげに指先を動かしている。……しかし、その視線はやがて俺をまっすぐに捉えた。
「……ヒロト。あたしがアンタにだけ話をしようと思ったのは、今のアンタにこの話を聞かせなきゃいけないといけないと思ったからよ。アンタとあたしならこの話に恥ずかしい以外の意味を持たせられるって、そう思ったから」
「……恥ずかしい以外の、意味」
「そうよ。アンタは今、才能の差とか自分の力不足とか、そういうことに悩んでるみたいだけど――」
ただオウム返しをした俺に多くな頷きを返して、ネリンは一度キュッと目を瞑る。そして、小さく息を吸いこんで――
「……あたしだって、小さい頃は自分の実力不足に悩まされてたんだから。……アリシアっていう天才が、あたしの隣にはいつもいたからね」
「……っ」
その言葉を聞いて、俺は初めてネリン一人でここに来た理由を察する。……もう一度見開かれたネリンの瞳は、俺の眼をまっすぐに射抜いていた。
ヒロトが抱えていた思いは、実はそんなに特別な感情ではなくて。しかし今やそれを乗り越えたように見える少女は、ヒロトに一体何を語るのか。ネリンとアリシアのエピソードはまだまだ掘り下げるべきところがたっぷりですので、楽しんでいただければ幸いです!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!