第五百三十八話『隠れ蓑はやがて本物に』
「騎士団……というと?」
突然飛び出してきた耳慣れない単語に、俺たちは首をかしげる。ヴァルさんが騎士を目指してたなんだって話はどこかでちらっと聞いたことがあるような気もしたが、それが集う騎士団があるというのは初耳のような……
「ああ、皆様はまだ会ったことがないのですね。冒険者とはほぼ違う区域で活動していますので、まあ仕方のない話ではあるのですが」
「そうだな、冒険者と騎士団ってのは組織の形態からして全く違う。だけどよ、実力が身に作ってところでは変わらないだろ? 収入も国直属の部隊だから安定しているし、騎士団に合格できたってのはそれだけで家の名誉になる。そんなわけで、俺はあっさりと騎士団を目指す許可を得たってわけよ」
説明しようとするロアの言葉を遮りつつ、ヴァルさんは得意げに自分の作戦を解説する。確かにそこだけ聞けば有効な作戦にも思えるが、件の騎士団がどんなものかが謎のベールに包まれている以上同リアクションしていいのかがよくわからないのが問題だった。
騎士団っていうともっと街に根付いたものをイメージしてたけど、そんな話を聞くこともなかったもんな……謎が多いっていう領域を通り越して、俺たちは『騎士団』なんてものの存在自体を今初めて知ることになってるわけだし。
「……ロア、改めて騎士団ってのはどんな組織なんだ?」
「はい。話の腰を折るようで申し訳ありませんが、ヒロトさんの質問とあらばお答えしましょう。そうした事情にはヴァルよりも私の方が詳しいでしょうし」
改めてロアに水を向けると、軽く咳ばらいをしながらロアはその要請を受け入れてくれる。ヴァルさんもロアの方が知識量が多い事は認めているのか、今度は割り込む様子を見せることはなかった。
「冒険者というのが魔物たちを主に相手するところだとするのならば、騎士団は主に人を相手にする集団と言えるでしょう。……と言っても、そんな物騒な意味が今も残っているかと言われるとそうではありませんが」
「確かに、人を相手にするっていうとどうしても穏やかじゃない香りが漂ってくるね。……この国の近隣で、戦争は起こってなかったはずだけど」
「はい、アリシアさんのご指摘の通りです。今我が王国は何の戦争にも巻き込まれることなく、諸国とも友好関係を築くことが出来ております。ですから、今の騎士団の役割は『儀礼的なもの』に集中するわけです。人を相手取って戦う集団から、客人に見てもらうための集団として変化を遂げたという訳ですね」
なるほどな……。国の格式を上げるというか、あまり舐められないようにするための配慮ってやつなのだろうか。きちっとした集団が控えてれば、自然と受け手側も襟を正さざるを得ないだろうしな。
筋道だったロアの説明を、ミズネたちもこくこくと頷きながら聞いている。その眼はきらきらと輝いていて、未知の知識にテンションが上がっているのがよく分かった。
騎士団っていう響き含め、こういう組織ってロマンがある物だしな……。しかもそれが実践的な価値までしっかり持ってるんだから、組織としては百点満点と言ってもいいくらいだろう。
「……んで、そういう組織にヴァルさんは入ろうとしたと。正確にはそこを目指すことを修行の口実にした、だっけ?」
「ああ、そういう認識で大丈夫だ。……でもよ、騎士団ってやつは俺が思ってたよりもよっぽど深い意味を持ってて、誇りのある組織だった。修練所に通って騎士団の話を聞くうちに、そういう考えに感化される俺が現れちまってよ……」
ゆるゆると首を振りながら、ヴァルさんはそう言葉を継ぐ。そこに最初の威勢のよさはなく、どちららかというと少ししょぼくれたような響きが混じり始めていた。
「隠れ蓑とはいえ目標としている物事に真剣に取り組めば、そこに感化されるのはおかしい事ではないからな。そんなに恥ずかしそうにすることはないだろう」
「いや、恥ずかしいのはそこじゃねえんだ。冒険者になるための技術を培うために飛び込んだ騎士修練の世界で、俺は新しい目標を見つけた。それを実現するために、俺は必死に努力して――」
そこでヴァルさんは言葉を切る。……というより、息を継ぐといった方が正しいか。まるで今から話す出来事が、ヴァルさんにとってとてもつらさを伴うものかの様で――
「その夢を、真っ向から砕かれた。……俺は結局、騎士に相応しくなかったみたいでよ」
想定通り……いや、明らかにそれ以上のエピソードが飛来してきて、俺たちは思わず凍り付いた。
ちょこちょこヴァルの後ろ暗いところというか、後悔に当たるところはそれこそ馬車旅の途中から出ていたのですが、こうして語られるのは初めてですね。これを聞いた五人が何を思うのか、ご注目いただければ幸いです!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!