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第五百三十五話『ショーガ焼きに思いを馳せて』

 王都の食材はやはり質が違うのか、それとも二人の腕が凄いのか。……いや、多分その両方なんだろうな。今までに感じたことのないような量の肉汁が口の中に広がり、それを追いかけるようにして豊かな風味が口の中全体を駆けまわった。


「これ、生姜焼き……だよな?」


「ああ、ショーガ焼きだな! 聞いた話だと、かなり前から存在している形態の料理らしいぜ?」


「あたしもこれを聞いたときはびっくりしたけどね。食材自体は王都なら安く買えるだろうし、ヒロトが気に入ったならたくさん買い込んどくわよ?」


「ああ、ぜひそうしてくれ! こんな生姜焼きが毎日食える生活、贅沢すぎるだろ……!」


 ヴァルさんの発音的に先人がこの世界に伝えた料理なのだろうが、そんな考察なんてどうでもよくなるくらいの魔力がこの料理にはある。生姜焼きというフォーマットの中でここまでのクオリティを出してこられるなんて、いったい誰が想像できただろう?


「やべえ、うっかりすると全部食べちまいそうになるな……ほら、皆も食べてみてくれよ」


 ほとんど生姜焼きそのもののうまみをたっぷりと堪能したのち、俺は興味深そうに皿をのぞき込んでいる面々に水を向ける。このうまさは皆も知るべきだし、全員で楽しんでこその宴だもんな。


「……へえ、変わった風味だね。……だけど、不思議としっくりくるな」


「そうだな。濃厚だがさっぱりとしていて、いくらでも口に運べてしまいそうだ」


「だろ? このタイミングで勧めねえと俺も全部食べちゃいそうで怖くてさ」


 一口ごとに二人の箸の進みが速くなっていくのに気づいて、俺は思わず笑みをこぼす。そんな中で、ロアもゆっくりとショーガ焼きに箸を伸ばしていた。


「……ロア、どうだ?」


「口に運ぶ前から感想を求められても困りますが……ですが、食欲をそそる香りなのは確かですね」


 気の早い俺の問いかけに苦笑しながらもそう答え、ロアはゆっくりと肉を口の中に入れる。……その次の瞬間、普段は細いロアの目がかっと見開かれた。


「……これ、美味しい……」


「だろ? お嬢の舌にもあったみたいで何よりだ!」


「これ、いわゆる大衆料理って奴っすからね。お嬢には中々新鮮味が強いのかもしれません」


「ええ、そうですね……ミズネさんの言った通り、濃厚なのになぜかさっぱりしているような、不思議な美味しさです」


 せわしなく箸を動かしながら、ロアは目を輝かせてそうコメントする。その右腕はわずかに震えていたが、取り落さないという意思がしっかりとつかまれた肉からは伝わってくるようだった。


「おうおう、やっぱりうまいもんは気晴らしにぴったりだな! 暗い表情もすぐさま晴れやかになった!」


「そうね。……こういうのをみてると、料理を勉強しててよかったって心から思えるわ」


 ゆっくりとショーガ焼きに手を伸ばしつつ、この料理を手掛けた二人が笑顔を浮かべる。その笑顔を見ていると、俺も料理をしたいという衝動にかられた。……とりあえず、ネリンから免許皆伝を貰えるように頑張らねえとな……。


「ねえねえ、こっちの肉料理はどんなものなんだい? ショーガ焼きとはまた違う感じのにおいがするけど」


「あ、そっちはあたしが独自に作った奴ね。ちょっと辛めの味付けをしてるから、これはこれでまた別ものとして楽しめると思うわよ」


「ヴァル、あの肉料理は何ですか? かなり変わった形をしていますが……」


「ああ、アレは肉詰めだな! 俺がとってきた野菜をくりぬいて、そん中に肉を詰め込んでるんだ! 野菜の風味も残ってるし、お嬢の舌にも合うと思うぜ?」


 ショーガ焼きの爆受けをきっかけに、小さな宴はどんどんと賑やかになっていく。あちこちで展開されるやり取りを聞きながら俺が相変わらずショーガ焼きに箸を伸ばしていると、唐突に左肩がつんつんとつつかれた。


「……ミズネ、どうした?」


「ああ、なんということはないんだ。楽しめているかなと、少し心配になってな」


 俺が振り返ると、そこには優しい笑みを浮かべたミズネがいる。彼女がこぼした言葉に、俺は大きく頷いて見せた。


「ああ、今メチャクチャ楽しんでるよ。そりゃもちろん色々考えなきゃいけないことはあるけどさ、お前たちが用意してくれた場なんだし楽しまなきゃ損だろ?」


 というか、これだけの肉料理を前にエキサイトするなっていう方が無理な話だ。こうやっておいしいものを食べて仲間とワイワイしている間だけは、投げかけられた心無い言葉のことも、自分の中に渦巻いているいろんなものにもいったん目をつむれるような気がした。


「そうか、ならよかった。……お前、エルフのパーティで少し緊張していただろう? その時のようになってもいけないと、少し懸念してはいたんだ」


「ああ、あの時はめちゃくちゃ褒めそやされてたしな……。ここにいるのは皆見知った顔だし、そこまで気負うようなことはねえよ」


 知らない人が混じってるパーティだったら、ここまでがつがつ行くのも難しいんだろうけどな。今の俺とロアに取って、図らずもこの小さな宴は一番必要なものだったのかもしれない。この場にいる間は、肩の力を抜いていいと心から思えた。


「……ほら、ミズネも肉取らないと損だぞ? せっかくいいの見繕ってくれたんだし、少しでも美味しくいただこうぜ」


 目線で箸を促しつつ、俺もショーガ焼きをがっつりつかむ。それからワンテンポ遅れるようにして、ミズネの箸がその隣の皿に乗っているハンバーグを掴んだ。


「そうだな。……お言葉に甘えて、思い切り食べつくさせてもらうとしよう」


「そう来なくっちゃ。せっかくだし、皆でこの宴を楽しもうぜ?」


 一度開かれてしまえば、主催者も参加者もそんなに変わらない。誰もが言葉を交わしながら、美味しい料理に箸を伸ばして笑いあう。……俺が思う理想の宴会の形が、そこにあるような気がした。

ということで、あと少しだけ宴会続きます! 誰もが楽しんでいる宴会の光景、楽しんで見守っていただければ嬉しいです!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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