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第五百三十四話『宴の始まり、縁のつながり』

「……それじゃ、護衛任務の成功、それと偶然の再会を祝して」


 俺たちの顔をぐるりと見まわして、ヴァルさんが飲み物の入ったカップを高く掲げる。それに呼応するようにして、俺たちもそれぞれの手元の飲み物を手に取ると――


「かんぱーい‼」


 ヴァルさんが景気良く叫んだのを皮切りに、俺たちもそれぞれのリズムで乾杯を叫ぶ。声量もテンポもあまりにバラバラなのが気にはなるが、まあそこは日本でも大体同じようなものだと思っておこう。俺も乾杯するのは初クエストの後にした宴会以来のことだし。


 例によって例の如く、俺とネリンは麦茶での参加だ。俺の向かいに座るアリシアも、冷たい水の入ったコップを機嫌よく構えていた。


「……お前、本当に水でよかったのか?」


「お肉は味が濃いだろうからね。そういう時は水で口の中をさっぱりさせるのが得策ってものさ」


 コップを軽く合わせながら、俺とアリシアはそう言葉を交わす。軽く水を口に含んだ瞬間、アリシアの表情が満足げに緩んだ。


「……ああ、やっぱり水はいいね。主張は確かに薄いけど、乾いた喉にはこれが一番沁みるってものだ」


「アンタ、昔から水が好きだものね……大人びてるというか、何というか」


 くぴくぴと麦茶を口に含みながら、ネリンは何とも言えないような表情を浮かべる。そうは言いながらもしっかりアリシアの隣を確保しているあたり、前よりも少しは素直な関係性になっているのかもしれないな。


「お二人は付き合いが長いのですね……なんとなく今までの会話から察してはいましたが」


 そんな二人の様子を見て、少し遠くに座っていたロアが感心したように声を上げる。いわゆるお誕生日席の位置に座ったロアは、紅茶が入ったティーカップを綺麗な所作で扱っていた。


「ええ、腐れ縁って奴ね。……いろいろあったけど、なんだかんだずっと一緒にいるかも」


「今度こそ終わったかもなあって思っても、ふとしたきっかけでまた繋がったりするしね。……人の縁ってのは実在するんじゃないかと、ネリンを見ていると思えてならないよ」


 ロアの方を向きながら、二人はどこか照れくさそうにそう答える。俺たちが聞いてもこうはならなかったのだろうが、ロアから聞かれると変に見栄を張る必要もなくなるんだろうか。


 ロア、年に見合わず聞き上手だもんな……。物腰が丁寧だからなのか、それともロア本人が放つ雰囲気のせいなのか。初対面の時は大概澄ました子のように思えたが、それも少しでも令嬢らしくいようと気を張ってるだけみたいだし。


「縁……ですか。私にも、あるといいのですが」


「十分あるんじゃないっすか? ヒロトさんたちともそう、オレたちとのつながりもそう。……お嬢が思っているよりも、縁ってやつは色々と広がってるんす」


 少しばかりさみしそうに呟いたロアに、そうやってムルジさんが速攻でフォローを入れる。それを聞いてふと顔を上げたロアに対して、俺は大きく首を縦に振って見せた。


「少なくとも、お前が孤独なんてことはねえよ。……多分、俺たちが来る前からそうだと思うけどさ」


 ロアは腫れ物扱いされてる様子もないし、普通に話せてたように思えるからな。ゼラもいつも近くにいてくれているし、一人ぼっちになることは決してないはずだ。


「……そう、ですね。あとは、その縁が長く続くことを祈るばかりです」


「そうだな。縁が切れるのは、いつだって寂しいものだしさ」


 ロアの言葉を聞いて思い出すのは、小さなころに亡くなったおばあちゃんのことだ。特に病気もしない大往生だったのだが、それでも小さな俺には悲しい思い出だった。たまにお墓参りも行ってたし、俺にとって大切な人だったのは間違いない。厳密なことを言えば縁が切れたわけじゃないんだろうけど、大切だった人と会えないって意味では同じような事だろう。


「……っておいおい、何しんみりしてるんだ! 乾杯はもう済ませたはずだぜ?」


 ふと日本にいたころのことを思い出していると、ヴァルさんの明るい声が聞こえてくる。誰よりも高くグラスを掲げていたヴァルさんは、唐突に始まったしんみりとした雰囲気に戸惑っているようだった。


 そのグラスの中には、おそらくアルコールと思しき液体が入っている。だけどまだ乾杯の直後だし酔っ払ってはいないはず……だ、よな?


「確かに、楽しむための場なのにいつまでもしんみりしているのはよくないかもしれないな。郷に入っては郷に従えではないが、ここはしっかり楽しんでいこうじゃないか」


 そんなヴァルさんの言葉に応えるかのように、ミズネも軽くグラスを掲げて俺たちを促してくる。……ま、確かにこんな場を用意してもらっていつまでもしんみりしてるのも場違いか。


 ちなみにミズネも酒を頂いているらしいのだが、ミズネはそこそこ強めだし大丈夫だろう。……場酔いさえしなければ大丈夫……な、はずだ。


「そうですね。……それじゃあ、思いっきり楽しむとします」


「おうおう、そうしてくれ! せっかく腕によりをかけて作ったんだからな!」


 俺が軽く頭を下げると、ヴァルさんが満面の笑みを浮かべる。それに促されるようにして、俺は手近な肉料理に箸を伸ばした。


 これは……生姜焼きのようなものだろうか。カレスに生姜はなかったはずだが、漂ってくるにおいはどこか懐かしい感じがする。日本の味へのかすかな期待を抱きつつ、俺はゆっくりと肉を口に運ぶと――


「……これ、すっげえ……」


 ――その風味が口に広がってすぐ、俺は感嘆の声を上げた。

次回、ついに肉料理の全貌が明かされます! すっかりのんびりした雰囲気が漂っておりますが、王都編の束の間の休息を楽しんでいただければ幸いです!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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