第五百三十話『少女の回顧』
――それを初めて見た時は、胸が躍りました。ゼラと出会ったのは三年前、まだまだ私も子供でしたから。バルトライ家の跡継ぎとしてゼラさんを越えなければならないと、そう心に誓ったものです。
ですが、その考えが間違いだったと気付くのにそう時間はかかりませんでした。天才というものの何たるかを、おそらく私は直感してしまったのでしょう。あれは兄様や姉様のような、今までの憧れと同じものではないのだ――と。
街の方々は割と勘違いしていますが、バルトライ家に天才はいません。いるのは秀才と、秀才になりそこなってしまった凡人だけです――まあ、それは私のことなのですが。必死に自分の才能を見出して磨きをかけて、そうやってバルトライ家は己の力を高めていくものなのです。
ですが、天才はそのプロセスを必要としていませんでした。元から光っているのだから、最初から磨かれた後を想定したトレーニングが出来るんです。兄様や姉様が当時立っていた領域を軽く飛び越していたゼラは、間違いなく自分の中の光を自覚していたと思います。
そんな天才が現れたら、ギルドは当然騒がしくなります。青田買いしようとする者、目の上のたん瘤が増えたと疎む者、徹頭徹尾見ないふりをする者。……ああ、私はそのどれでもありませんでした。ただ、ゼラという人物がどうしてそうなったのかを知りたかっただけの野次馬でした――ゼラがよりにもよって私なんかに興味を抱かなければ、ですが。
初めて言葉を交わしたのは、確かゼラがギルドに現れてから三日後くらいの事だったと思います。……きっと、自分と同じくらいの世代の人を初めて見つけたから興味を持ったのでしょう。「何してるの?」なんて聞く姿は、紛れもなく私と同世代の子供でした。――戦闘している時のゼラは、彼ではない別の誰かが操作しているんじゃないかと疑いたくなってしまうくらいに。
その質問に対してなんて答えたか、ですか? ……恥ずかしい話ですが、よく覚えていないんです。一方的に興味を抱いていた人に突然話しかけられたという驚きと、生来のコミュニケーション能力の低さが災いしてしまったのだけは覚えているのですが、どんな言葉を返したかは全くもって記憶に残っていない、というのが正直なところになります。
ああ、だけど全部忘れてるってわけじゃありませんよ? 私の返答に対してゼラがすごくうれしそうに笑っていたことは、今でもずっと覚えている事ですから。……多分、あの時の私はゼラの期待に応えることが出来たんだと思います。何を期待されているかは、三年が経った今でも分かっていないんですけどね。
そうなってからのゼラの在り方は、割と今の彼と変わりません。いつも底抜けに明るくて、物腰は柔らか。だけど王都の誰よりも強いから、それが気に入らない人たちからはとことん疎まれて。……結局、どこのパーティもゼラを迎え入れることはありませんでした。
誤解ないように言っておきますが、決して勧誘したパーティがいなかったという訳ではないんです。むしろ結構な数がゼラを歓迎していましたが、それを許さなかったのは今の王都の力関係を崩されることをよく思わない冒険者たちでした。
「あんなガキにトップが奪われるなんて有っちゃならねえ」なんて当時は言ってましたが、今思えばどっちがガキなんだか分かりませんね。今でも現役の冒険者として充魔期の対応にも注力してくれていますし、実名を出すのはやめておきますが。
そんなこともあって、私はゼラさんの存在に心を躍らせていました。同世代に現れた天才からいろんなものを学び取れれば、いつか兄様たちを越えらえるような何者になれるんじゃないかと、初対面の時はそう無邪気に信じていました。
……ですが、その結果は先ほどお伝えした通りです。天才の背中から学ぶなんてこと、天才からしかできないんですよ。私たちが必死に理論化して言語化したものを、天才というのはすいすいとすっ飛ばしていく。……天才というものを見たことがなかったからこそ、私はその勘違いに気づくのが遅れてしまいました。
……そうですね、いっそのことそれに気づくところまで話してしまいましょうか。幼い私の認識が間違っていたと気付いたのは、初めて言葉を交わしてから三時間もしないうちの事ですから。
その仕事はなんて事のない討伐依頼でした。充魔期の今からして思えば生ぬるいにもほどがあるクエストですが、子供には荷が重いクエストです。……ですが、彼は一切の躊躇なくそれを引き受けました。「一緒にいこ!」――なんて、私を巻き込む余裕まで見せて。
私がそれを承諾すると当然周りは騒然としましたが、あの時の私には断る理由なんて有りませんでしたからね。それから駆け足で支度を整えて、王都の南側の平原に集合して、私たちは探索を始めました。……ええ、ちょうどヒロトさんたちが馬車で駆け抜けた場所です。まあ、その雰囲気は全く違うものなんですが。
一応の付き添いとしてバルトライ家の人間もお目付け役として平原に来ていたのですが、実質的な戦力はゼラさん一人だけです。ですが雰囲気が悪くなることなんてなくて、私たちは和やかに平原を探索していました。
――ゼラさんが戦闘を開始する、その直前までは。
普段と違うテイストで一話進めてみましたが、いかがでしたでしょうか? 次回からはまたヒロトの視点に戻っていくと思われますので、どちらも楽しんでいただければ幸いです!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!