第五百二十三話『先見の明』
「風の噂で聞いてるぜ。王都でも目立つレベルで活躍してるんだって?」
「おかげさまでな。……まあ、今は違う意味で目立ってしまっているだろうが」
市場の隅に場所を移し、私たちは偶然の再会を喜びあう。しかし、冒険者としての評判に話が行った瞬間にミズネの表情は曇ってしまった。
そりゃそうだ、ミズネは本来優しいんだから。ヒロトをバカにされたことが逆鱗に触れたのは間違いないけど、そうじゃなきゃあんなことを言うなんて有り得ないことだしね。
「……その表情、何かあったみたいだな。ムルジも何かしら心配していた風ではあったが、そういう予感に限ってアイツは鋭くなりやがる……」
「……ムルジさんが?」
すっと出て来たもう一人の護衛の名前に、あたしは思わず声を上げてしまう。ヴァルさんと比べればとっつきにくい感じではあったけど、あたしたちのことを気にかけてくれていたんだ。
「あの人、頭は切れるような感じだったものね……具体的になんて言ってたか、ヴァルさんは覚えているかい?」
「ああ、覚えてるぜ。『今のピリついた冒険者たちとのすり合わせをするには、あの人たちは優しすぎる』とかなんとか――」
頬をポリポリと書きながらムルジさんの言葉を反芻するその姿に、あたしたちは思わず固まらざるを得ない。……あまりにも、図星を突いていた。
カガネという街に恵まれたおかげなのか、あたしたちは他の冒険者との衝突に慣れていない。……いや、だからと言って王都の冒険者たちが悪いわけではないんだけどね。ムルジさんが言う通り、今の王都はピリつきすぎているんだ。
「……あの人ともう少し話しておくべきだったかもしれないな。ボクたちは、一番状況を客観視している人との交流をおろそかにしてしまっていたというわけだ」
「普段から気だるげではあったが、護衛としての仕事をおろそかにしたことはなかったものな……。あと少しだけでも、ムルジさんと交流を深めておくべきだったか」
その鋭い観察眼に、ミズネたちは唸りを上げながら交流不足を後悔している様子だ。……まあ、護衛っていう線引きをちゃんとしてるみたいだったしね……。今から過去に戻れるんだとしても、今の関係値を保つのが限界なのかもしれない。
「アイツはあれで人見知りだからな。お前さんたちとの交流は多い方だったんだぜ? もう少し人と関わるようにって、俺もちょこちょこ声はかけてるんだがな……」
どこまでもマイペースな奴だよ、とヴァルさんは苦笑する。しかしその表情は柔らかくて、ヴァルさんがいかにムルジさんを信用しているかがひしひしと伝わってきた。
そのリアクションを最後に、しばしあたしたちの間に沈黙が落ちる。二人の独特な関係に対してどんな言葉をかければいいのか、あたしたちにはよくわからなかった。
「……そう言えば、でっけえ本を持ってた坊主はどうした? 確かヒロトとか言ったか」
そんな沈黙は、ヴァルさんの疑問によって解消される。……されたのだが、その質問もまたあたし達の言葉を詰まらせるには十分すぎた。
「……少し、ショックなことがあったみたいでな。今日はもう動きたくないみたいだったから、先に宿で休ませている。今私たちがここにいるのは、ヒロトを元気づけるための作戦の一環というわけだな」
「なるほどな……お前さんたちが言ってた問題ってのは、そこに繋がってくるわけだ」
言葉を選びながら事情を説明したミズネに、ヴァルさんはゆっくりと首を縦に振る。何かを考えこむかのように、その眉間にはしわが寄せられていた。
「確かに、上手いもんを食うのは気力の充填に一番いいこったな。仕事疲れも気疲れも全部吹き飛ばせる、魔法みてえなもんがあるのは間違いねえ」
「そうね。少しでも早くヒロトには立ち直ってもらわないと困るし」
アイツがいつまでもうじうじしてると、あたしたちも調子が狂って仕方ないからね。あたしたちの会話の中からヒロトがいなくなってしまうだけで、歯の間に野菜が挟まったみたいな違和感がずっと抜けてくれないのだ。
「そうだな、仲間が膝を抱えてるときは助けるのがパーティメンバーってやつだ。お前さんたちが俺の見込み通りの奴らでよかったよ」
あたしたちの言葉を聞いて、ヴァルさんは目を細める。ちょっと関わっただけでも分かるくらいに情熱的な男の人は、あたしたちの姿を好意的に受け止めてくれているようだった。
「……よし、決めた。俺にもお前さんたちの手伝いをさせてくれ。一度仕事を共にした仲間が凹んでるなんて話を聞いたら黙っちゃおけねえからな!」
暫くもしないうちに、ヴァルさんはそんな風にあたしたちに申し出てくれる。とても意外な提案ではあったが、それと同時にすごくありがたいものでもあった。
「その提案、ありがたく受けさせてもらうよ。……私たちだけでは、どんな肉を選ぼうか悩んでいたものでな」
深々と頭を下げるミズネに倣って、あたしたちも頭を下げる。ヴァルさんは困ったような表情を浮かべていたが、すぐに元のおおらかな表情に立ち戻った。
「それであんなに立ち尽くしてたってわけか……。っし、それなら俺に考えがある。俺が今日ここに来てたのは、護衛任務で得た報酬を使ってムルジと宴会でもしようと思ってたからなんだが――」
そこでヴァルさんは言葉を切り、視線をあたしたちの向こうにある冷却棚へと向ける。そこに並べられた肉たちを見つめながら、楽しそうな笑みを浮かべた。
「――その宴会に、お前さんたちも招待しよう。ムルジとの交流もできるし、部屋で休んでるヒロトも引っ張り出せる。パーッと賑やかにやれば、アイツも少しは気が晴れるんじゃねえか?」
両手を大きく広げて、ヴァルさんは賑やかな宴会の開催を提案する。その光景を思い描いているのであろうヴァルさんの表情は、とても明るいものだった。
事態はどんどん予想外の方向へと繋がっていきます! お互いに思いもよらないルートを描くヒロトたちとネリンたちの様子を楽しんでいただければ幸いです!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!