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第五百二十話『あたしたちが出来ること』

「……正直な話、アレはかなり重症だと思うよ」


 まばらにしか客が入っていない昼下がりのカフェで、アリシアはそう切り出す。あたしもうすうす感づいていたことではあるけれど、悲しい事にその予感は的中してしまっているようだった。


「ヒロトは自分に対して評価が低い。それがあの子生来の物なのかかは分からないけど、かなり根が深いものだってことだけは事実だ。あそこにいた人たちの心無い言葉が、それをよりわかりやすく表出させてしまったのだろうね」


「……思い返すだけで不快な話だな。仲間よりも優先するべきものなどないのは、パーティを一度でも組んだことがある人間ならば分かっている事だろう」


「ホントよね……。場所が場所ならぶん殴ってたわ」


 真昼間のギルドってこともあって、流石に殴ったら大事だったけどね。だけど、あそこで殴りに行けない自分がどこか悔しくもあった。ヒロトは無力なんかじゃないって、どんな手を使ってでも表現していればよかった。


「……ネリン、ボクも同じことを考えているよ。その前提があった上で、その考えを実行に移さないでいてくれて感謝している。それをしていたら、本当に取り返しがつかないことになるかもしれなかったからさ」


「ヒロトをかばうような形で、私たちが何らかの罰や不都合を被ったらどんな風にヒロトはそれを受け取るか……。ある意味では、これ以上に分かりやすいものもないからな」


 適当に頼んだドリンクをすすりながら、二人が続けざまに私の行動をほめてくれる。そこまで深い事を考えていたわけではなかったけど、言われてみれば二人の言う通りだ。ヒロトのためにした行動が私たちに不利益を与えたら、きっとアイツはそれを必要以上に背負ってしまうだろう。いくらあたしたちが気にしなくていいと言っても、それを聞いてくれるほどアイツの自分嫌いは生易しいものじゃないだろうし。


「パーティにいる価値なんて、実力とか才能だけで決まる物じゃないでしょうに」


「本当にね。……王都の冒険者は、よっぽど心が貧しくなってしまっているらしい。ヒロトが教えてくれた情報によれば気が立っているって話だし、仕方のない話なのかもしれないけれどね」


「だからと言って、あの過ちを赦す気はさらさらないぞ。……いくら在り方を正そうと、あそこにいた冒険者たちと同じ戦場に立つつもりはない」


「そうね、偶然を装って殴ったりしちゃいそうだし。それに、あんな奴らの顔は見たくもないしね」


 利己的というか、視野が狭いというか。実力でしか人を見れないその姿はすごく可哀想だし、ああはなりたくないって思える点では優秀だ。……カガネがいかに温かい街だったかってことを、あたしは改めて痛感させられる。


 私の夢を笑う人はいても否定する大人はいなかったし、冒険者を目指すのがあたし一人だけになってもその背中を押し続けてくれた。……それになにより、あの人たちは実力だけで物事を語ったりなんかしないしね。ベレが王都に行かない理由が、実際に王都を訪れて何となく理解できた気がした。


「とりあえず、王都の冒険者たちに対しての姿勢は一致しているみたいで何よりだね。……だけど、問題の本質はそっちじゃない。ヒロトが立ち直るまでの間、ボクたちはいったい何をしたらいいのかってところが問題だ」


 カップをテーブルに戻しながら、アリシアは議題を一歩前へと進める。そのまま放っておけばいつまでも冒険者たちへの文句を吐き出してしまいそうだし、その進行がありがたかった。


「さっきも言ったけど、アレはボクたちが何かを言えば言うほど考え込んでしまうものだと思うんだ。ヒロトの中にある『出来ない』って感覚は、きっとボク達じゃ共有できないものだからね」


「そうだな。……それを分かった気になって踏み込むことは、かえってヒロトを傷つけかねないだろう」


 アリシアの提言にミズネは小さく頷く。その説明を聞いて、あたしは初めてアリシアが『重症』といった理由が何となく理解できたような気がした。


 今まであたしたちが問題にぶつかったときは、それぞれが手を差し伸べ合ってどうにか解決策を見出し続けて来た。だが、今回はそれが上手く行かないんだ。あたし達がヒロトの悩みに手を伸ばそうとしても、その本質には触れられない。……ヒロトのそこにある劣等感のようなものを、あたしたちはきっと理解できていないんだ。だってあたしたちは、ヒロトを劣等なんて思ったことがないんだから。


「この問題に対して、あたしたちとヒロトではズレすぎてるってことなのね。だから、まっすぐな形での解決は不可能と」


「そうだね。……厳しい話だけど、本当に立ち直るための鍵はヒロト自身に掴んでもらうしかないと思う。……ボクたちが出来る一番の方策は、待つことなんじゃないかな」


「待つ、か。ヒロトに手を差し伸べられないのは、とてももどかしい事ではあるが――」


「大丈夫だよ。……ヒロトは、きっと戻ってきてくれる」


「そうね。落ち込んでるだけじゃどうにもならないってのは、アイツが一番知っているだろうし」


 思い出されるのは、もう遠い昔のことに思える懇親会の光景だ。あの時だって、ヒロトはずっと動き続けて来た。そうやって動き続けることが、何かを呼び込んでくれると信じながら。……そうやって、アイツは結果を出したんだ。


「ここまでたくさん頑張ってくれたんだもの、少しくらいの休みは許容しなきゃでしょ? ……ミズネももどかしいとは思うけど、あたしたちはあたしたちにできることをしましょ」


「そうだな。……今日は、美味しいものを買って帰るか」


「お、それはいいアイデアだね。美味しい食事は心のリフレッシュには最適だもの」


 ミズネが頷きながら出したアイデアに、アリシアは目を輝かせて食いついてくる。色々と複雑な思いはあるけれど、私たちの方針は決定づけられたようだった。


――あたしたちは、ヒロトが大きくたくましくなって帰って来るのを信じているからね。

ということで、ここから少しネリンたちの視点になります! ヒロトを待つと決めた彼女らが一日をどのように過ごすのか、しばし見守っていただければ幸いです!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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