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第五十一話『この世界で知りたいこと』

「あくまでヒロトたちについていく……と、お前はそういうのじゃな?」


「……はい。年長者として意見することはあるかもしれませんが、基本的には若い二人の意志を尊重したいと、今の私はそう思っています」


 エイスさんの確認に対してミズネは堂々とした態度でそう答えて見せた。その答えにエイスさんはしばらく押し黙っていたが、やがて納得したようにうなずいて、


「……そうか。頑固者だったお前が、エルフとは変わるもんじゃの。……そうなると、ワシは二人に対して答えを求めなくてはならないわけじゃが」


 しみじみとそう言ったのち、エイスさんは俺たちに視線を向けてきた。



(……いや、どうすりゃいいんだコレ⁉)



 エルフ同士の一対一の対話だと思っていたのが一転、この会話の主役の座はミズネによって唐突に俺たちに譲り渡されてしまった。ふとネリンの方を見てみると、よほどあたふたしているのかしきりに目をぱちぱちさせている。どうやら俺たちが今抱いている感情はほぼ同じの様だった。


 なんてこと言ってくれたんだ、という思いを込めてミズネに視線を向けるが、ミズネは何を勘違いしたのか手を握りこんで大きく頷くだけだ。ああもう、なんで普段は勘がいいのにこういうとこだけ鈍いんだ!


 どんな冒険をしたいか……って言ったって、俺たちはまだそんなことを思えるほどの冒険をしていない。この世界のこともまだまだ分かっていないというのに、そんな状態で志の話なんかされても――


「…………志なんて、そんな立派なものじゃないかもしれないけれど」


 ぐるぐると思考が空転し、何を言いたいか全くまとまらない――ネリンが口を開いたのは、そんな感じで俺の思考が堂々巡りしているときのことだった。


「……冒険者として過ごしたのはまだ二日間だけど、あたしはずっとパパと一緒にいろんなものを見てきた。こんなものがあるんだよって、こんな人たちがいるんだよって。……あたしの世界には、パパがいつもいたの。今こうして冒険できてるのだって、パパのくれた知識とママのくれた環境のおかげ。……その境遇を活かすのがダメなことだとは思わないけど、それに甘えてばかりになるのはダメだって思ったの。この二日間で、いやって程痛感させられたわ」


 いつものような軽快な口調ではなく、ぽつぽつと独白するようにネリンは話す。それはたぶん誰にも話してこなかった思いで、昨日あの平原で俺が見たネリンの弱さのかけらなのだろう。意地っ張りな少女の混じりない本音が、そこにはあった。


「あたしは、パパの教えてくれたことのその先に行きたい。『流石あの人の娘さんね』じゃ終わりたくないの。……パパもママも、周りの人も見てこれなかった世界に、行ってみたい。これが、私のしたい冒険よ」


 控えめに、しかし堂々とネリンはそう宣言して見せる。『次はアンタの番よ』と、投げかけられた視線がそう俺に伝えてきている気がした。


 したいこと……か。ネリンみたいに立派に話しきれる自信はないが、ネリンの話を聞いているうちに、やりたいと感じた事ならあった。


「……俺は、この世界に対してあまりに無知です。俺が生きていけてるのは図鑑のおかげだって……そう断言してもいいくらいに」


 そこで言葉を切って、アイテムボックスから図鑑を取り出す。エイスさんの目が、驚いたようにわずかに見開かれた気がした。


「この図鑑に書いてあることが、俺の知識のすべてです。迷いの森を攻略できたのも、俺の力ではなくて半分以上こいつのおかげですし。……だけど、これだって完全じゃなかった」


 例えば、カガネの町一番の鍛冶職人が一見さんお断りの気難しい人だったり。例えば、迷いの森は最深部に踏み込むとその構造を変化させるという性質であったり。神が作った図鑑にも、足りないことはたくさんあった。


「……ネリンに比べたら、ご立派な考えじゃないかもしれないですけど。俺はいろんなところを回ってこの図鑑に書いてあることをこの目で確かめてみたい。……それで、完璧に見えるこれを、もっと完璧にしてやるんです。百聞は一見に如かず、ですし」


 この世界に来て、図鑑に書いてあるよりも厳しい事もたくさんあった。でも、楽しいこともたくさんあった。天界でぬくぬくしているあの神には知りえないことを、少しでも多く俺がこの目で確かめたいのだ。


「ネリンのに比べるとあまりに個人的ですけど……これが、俺のしたいことです」


 そう締めくくると、エイスさんは俺たちの言葉を噛みしめるように目を閉じる。そのまましばらく沈黙が部屋の中に流れたが、やがてエイスさんはゆっくりと目を開けて。


「……二人の意志、しかと聞き届けた。どちらも尊い志じゃ。……この先も、忘れぬようにな」


 そう言って、俺たちに向かって微笑んでくれた。


「……ということは、長老……」


「ああ。お前の見込みは間違っていなかった。……いい仲間を持ったな」


「……っ‼ はい、私には身に余るくらい、最高の仲間です……‼」


 エイスさんの言葉に、ミズネは感極まったようにうなずく。その目には、今にもこぼれそうなくらいに涙がたまっていた。


「……お前たちの志を、ワシらも支えよう。……困ったことがあれば、いつでもここに来るといい。ヒロト、ネリン。……お前たちも、この里の同朋じゃからな」


 そう言って笑みを浮かべたエイスさんに、俺たちも満面の笑みで返す。その様子を、キリさんも優しく笑って見つめていた。


――こうして、俺たち三人のパーティは正式に結成することができたのだった。

この二人の意志が、この先の物語の基本的な指針となっていきます。この先の三人にどんな出来事が待っているのか、これから先も楽しんでいただければと思います。何しろまだまだこの物語は始まったばかりですからね!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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