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第五百十五話『デモンストレーション』

「……それじゃあ、指示はヒロトさんにお任せしますね。私はいろんなパターンでボールを投げますから、それに合わせた柔軟な考えを期待しています」


「それはまたかなり高いレベルの注文だな……。出来る限りそれを果たせるように努力するよ」


 ボールがたくさん入ったかごを傍に置きながら、ロアは迅速に役割分担を終わらせる。その分け方は一見合理的に思えたが、俺の負担は実質増加したような者にも思えた。


 ロアのボールに合わせて俺が指示を出すってことは、手から離れたタイミングをしびあにみきわめなきゃいけないってことなんだよな……ロアが投げる前に指示を出してしまうと簡単すぎるし、逆に反応が遅れてしまえばお題に応えるのは無理ゲーになってしまう。結局のところ、俺も反応速度のトレーニングをしているようなものだ。


 お題は事前に考えておける所だけは助かるが、それを的確なタイミングで出すのは中々に厳しいトレーニングだな……。より基礎を磨く時間をくれたのだと、俺はロアの分担をそう解釈しておく。


「ムルジ、それでは行きますよ。……ヒロトさんも、お題のストックは十分ですか?」


「……ああ、大丈夫だ。いつでも始めていいぞ」


 こちらに投げかけられた視線に頷きを返すと、ロアがボールを構える。そこから十メートルくらい離れたところに立つムルジさんも、それを見てすっと腰を落とした。


 そのフォームを見るに、上から全力投球をするつもりのようだ。それならなおさら、俺の反射神経がどれだけ優れているかが大事な要素になるわけだが――


「……ふっ!」


「はじき返して!」


 ロアの手からボールが離れた瞬間、そのボールを追い越すように俺の声がムルジさんに届く。それに軽く頷くと、迫りくるボールをムルジさんは最小限の動作でこちらにはじき返した。


「ふっ、はっ……やあッ!」


「キャッチ! 下に落として! ……ええと、それは片手で払いのけて!」


 ムルジさんが俺の指示を正確にこなしていくうちに、ロアがボールを投げるペースが徐々に早くなっていく。それに追いつけずに少し遅れた俺の指示にも、ムルジさんはあっさりと対応して見せた。


「ヒロトさん、もっと指示は自由でいいっすよー。与えられた自由度に対して柔軟に考えられることも、戦場における資質の一つっす!」


「は、はい!」


 それどころか、指示を出す俺に添うアドバイスする余裕まである始末だ。数年このトレーニングを重ねて基礎を鍛えて来たムルジさんの実力、やはり尋常なものではないらしい。


「えい、はっ……これで、どうですか!」


「避けて! 頭で返して! 風魔術で軌道を逸らして!」


 その余裕がロア的には悔しかったのか、ロアの投げるボールの軌道はさらに鋭いものになっていく。それに伴うようにして普通じゃない指示が混ざるようになってきたトレーニングに、ムルジさんは満足げな笑みを浮かべていた。


「そうそう。……これくらい難しくなくっちゃ!」


 一つ目のボールをのけぞるようにして躱し、その反動を使って二つ目のボールを頭突きで床に叩き落とす。三つ目の指示はかなり無茶ぶりだという自覚があったが、焦る様子などみじんもなく風魔術でボールを軽く打ち上げて見せた。


 正直なところ、凄い以外の感想が出ない。長いことこのトレーニングをやっているからというのもあるのだろうが、それにしたって反応速度が早すぎる。ロアのボールだって毎回毎回同じコースに飛んできているわけでもないのに、それを処理するムルジさんの手際はあまりにスムーズだった。


「……なら、これはどうですか⁉」


 それを見てムキになったのか、ロアは二つのボールを同時に放り投げる。どういう技術を使ったのか二つともまっすぐムルジさんに向かっていくのを見て、俺は必死に指示を絞り出す。


「……ええと、一つ目は右に弾いて、二つ目は足で蹴り飛ばしちゃってください!」


 必死に早口で指示を出したが、その時はもうボールは六メートルほど進んでしまっていた。さすがにここからの対応は難しいかと、反応を贈れたことを俺は謝罪しようとして――


「――了解っす」


 コンパクトに右腕を振り抜いてボールを弾き飛ばし、そのままサマーソルトキックを綺麗にボールに命中させる。それは道場の高い天井に付かんと言わんばかりに高く舞い上がり、姿勢を正していたムルジさんの手元にすっと収まった。


「……すげえ、全部完璧にやってのけた……」


「これは……あまりに想像以上、ですね」


 その一球を最後に、ロアの手元からボールが尽きる。ワンセットが終わったのを見て、ムルジさんは今までにないくらいはっきりと笑って見せた。


「……デモンストレーションはこれくらいっすね。……それじゃあ、次はお二方の番っす」


「……ええと、お手柔らかにお願いします……?」


「そうですね……あなたのようなレベルには、しばらくたどり着けそうにありません」


 そのさわやかな笑顔に、俺たちは苦笑を返すしかない。俺たちのトレーニングは、想像以上に厳しいものになりそうだった。

次回、ついにヒロトたちの番が回ってきます! 果たしてどれだけ上手にできるのか、二人の奮闘を見守っていただければ幸いです!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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