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第五百八話『超えるためのイメージ』

 部屋の隅にあるスイッチがムルジさんの手によって押されると、ブウンという音とともに何かが展開される。薄青色の光が何なのかはよく分からないが、どうもこれでトレーニングのための準備は完了したようだった。


「……さて、後はやるだけっすね。死力を尽くして、かかってきてください」


「ええ、そうですね。……私の成長に驚かないでくださいよ?」


 腰を低く落とすムルジさんに呼応するかのように、ロアも戦闘の構えを取る。色々と言いたいことも聞きたいこともあるのだが、どうやらそれを許してくれる雰囲気ではなさそうだった。


「……ヒロトさん、これが私たちのやり方です。あれやこれやと考えるのは、とりあえずぶつかってみてからにしませんか?」


 そんな俺のわずかな逡巡すらも見抜いて、ロアは俺を促す。『あなたの気持ちが分かる』とは確かに言われたけど、ここまで詳細に見抜かれてるとはな……。そこまでやられたら、俺も応えないわけにはいかないだろう。


「ああ、まずは信じてみるよ。……お前と進む先に、何かしらの答えがあるって」


「有りますよ。……全力で進んだ先には、必ず何かしらがあるものですから」


 隣で腰を低くした俺にふっと微笑みかけながら、ロアはムルジさんの方を見やる。……そこに立っているのは、間違いなく高い壁だった。


「二人のその意気やよし。……お二方の師匠として、出来る限りの壁となって見せましょう」


 満足げに頷いたが最後、ムルジさんの姿が一蹴りにして掻き消える。こんな限定された空間ではムルジさんの機動力が活きないんじゃないかとか思っていたが、そんなのは杞憂に過ぎなかった。……これに一撃を当てるのが、俺たちにとっての課題らしい。


「中々に、無理ゲーが始まったもんだ……‼」


「ほらほら、来ないならこっちから行くっすよ!」


 その姿を捉える未来が見えずに俺が歯噛みしていると、背後からムルジさんの声が聞こえてくる。それに反応してとっさに岩の盾を背後に作ると、そこにムルジさんの鋭い蹴りが突き刺さった。


「く、お……っ⁉」


「安心して下さい、寸止めするつもりっすから!」


 その衝撃に俺が思わず目を見開いていると、ムルジさんの声が衝撃音を乗り越えて聞こえてくる。俺たちを安心させるための言葉なのだろうが、それを聞いてよかったと思えるほど今の一撃は甘いものではなかった。


「ロア、これどうする⁉」


「どうするも何も、まずはムルジの動きを追えるようにならなければ始まらないでしょう!」


 その蹴りを近くで見つめていたロアが、手のひらの中に半径十センチほどの水の球体を作り出す。それを宙に放り出すと、球体はさらに細かい水の粒へと形を変え、俺たちを包みこんだ。


「霧のようなものを作った……ってところっすか。自分たちの居所を察させないための工夫としては見事でしょう。……ですがね、お嬢」


 パアン! と鋭い踏み込みの音が響いた瞬間、吹き荒れた風がロアの作り上げた霧もどきを一瞬にして吹き飛ばす。……その音がした方を振り向けば、ムルジさんが不敵な笑みを浮かべていた。


「……オレの魔術の詳細を忘れて戦うんじゃ、まだまだ合格点には足りませんかね」


「……分かっていますとも。今の一手は、ただの時間稼ぎにすぎませんよ」


 余裕ぶって見せるムルジさんに向けて、ロアもまた不敵な笑みを浮かべる。標的に向かって伸ばされた右手は、ロアへの指導のために一度姿をさらしたムルジさんへと向けられていて――


「……仕掛けます、私に合わせてください!」


 その手の先から作りだされた無数の水の弾丸が、ロアの宣言通りにムルジさんを襲撃する。銃を軽く超えるその弾丸を全て交わすのはおっくうだと判断したのか、ムルジさんは腰に携えた修練用の木刀を構えた。


 誰かを切るための用途としては微塵も役に立たないものではあるが、魔術を纏わせるための媒介としてならその耐久度は十分すぎる。風の刃がムルジさんの前に展開した瞬間、水の弾丸はことごとく切り裂かれて霧散した。


「……っ、やっぱり火力が足りない……‼」


「……いや、ここまで場を整えてくれれば十分だ。機動力を生かせない状況なら、俺にも――‼」


 歯噛みするロアを落ち着けるかのように、俺はふっと目を瞑る。ムルジさんお得意の機動戦から引きずり落したところでその力関係が逆転するわけではないが、一矢報いるチャンスくらいなら俺に心当たりがあった。


 まぶたの裏の暗闇に、魔術を使った後の道場の光景を思い描く。今もなお防御に徹しているムルジさんの揺るぎない体勢を崩すための、搦め手的な一手を――


「……岩よ、俺の思いに応えてくれ‼」


「おっ、と……⁉」


 丁寧にイメージを積み重ねた俺の魔術がムルジさんの足元を突如隆起させ、それによって盤石だった防御態勢にわずかながらのほころびが生まれる。薄くなった風の防御陣を、ロアが見逃すはずもなく――


「……打ち抜きなさい‼」


 全霊を込めた無数の水弾が、必死に体勢を整えているムルジさんに向かって飛来する。たとえ風魔術を操るムルジさんでも防ぎきれない量に、俺は作戦の成功を確信したの、だが……


「……いいっすね、二人とも。まずは第一段階突破っす」


 二ッと笑って両手を合わせた瞬間、吹き荒れる風が水の弾丸を全てはじき返す。数的不利のこの戦いを楽しむかのように、ムルジさんの目つきは活き活きとしたものだった。

二人の連携を前にして、ムルジのギアもどんどんと上がっていきます! この戦いはヒロトたちにどんな経験を与えてくれるのか、その決着を楽しみにしていただければ幸いです!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!


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