第五百五話『ロア・バルトライの事情』
「ヒロトさんもご存じの通り、私はバルトライ家に連なる者です。……しかし、それにしては少しだけ――いやかなり劣っていると言える存在の様でして」
カップの中の飲み物を軽く口にしながら、ロアは自分の境遇をそう語る。その時点で色々と言いたいことはあったが、とりあえず言うべきことはこれだろう。
「……何も自分で自分の評価を下方修正しなくても」
「いえ、後に話した評価の方が正当なものだと思っていますから。……それに、自分で自分を持ち上げることほどむなしい事も中々ないでしょう」
わずかに目を伏せながら、ロアは俺の質問に淡々と解答する。……その言葉は、いやに俺の心をかき乱した。劣ってるとかそういう類の言葉に、今の俺が敏感に反応しすぎているだけなのだろうか。
「兄さまは王都を飛び出してこの国全土を巡回する冒険者になり、姉さまはいくつものギルドを統括する敏腕なギルドマネージャーになりました。私より少し下の妹も、聞く話ではいろんな分野に適性を持っているようでして。……おじいさまは直接言いませんが、私は今はみ出し者と言っていい存在にあります」
「はみ出し者……ねえ」
「そうですよ。名門のバルトライ家に生まれたよくわからない存在。何をやらせても飛び抜けるわけじゃなく、微妙な結果だけがそこに残る。そんなわけで生まれたのが、今のロア・バルトライの立ち位置ってわけですね」
「……そう言って誇らしげに胸を張られても」
それに対して賞賛を贈ればいいんだか、笑い話にしていいものなんだか。少なくともあまり気負っている様子ははないかもしれないが、それに対して気軽に触れるというのもなんだか違うような気がした。
「まあ、そんなことを言われても私は私なわけで。現実はおとぎ話みたいに上手く行ってくれなかったし、私は今でも微妙な冒険者であり経営者の卵なままな訳ですね」
「訳ですね……って、そんな簡単にまとめていいものなのか?」
かなり簡潔に事情を説明されてしまったが、それに対してどんな言葉を選んだらいいものか。そんな風に俺が言葉を濁していると、ロアはこくりと頷いた。
「それが今の私ですので。それ以上も以下もありませんね」
なんでもなさげに、ロアは俺の迷いをそう割り切って見せる。「それよりも」と俺に向かって身を乗り出してくるその眼は、普段の様子とは比べ物にならないくらいに爛々と輝いていた。
「問題は、これからの私がどうしていくかですよ。私たちが何をすべきかは、きっと共通しているはずですから」
だから共同戦線を張ったんですよ、と胸を張るロア。流されるままにここに連れてこられてから、思えば俺は何をするかは聞いていなかったのだが……
「……もしかしてお前、今でも特訓を続けてるのか? 冒険者と関係ないところで?」
「ええ、その通りですとも。……そして、これからあなたもそうなるんですよ?」
「……え?」
ロアが唐突に笑みを浮かべたことに、俺は困惑の表情を隠せない。……どうやら、俺は大分スパルタな道に巻き込まれようとしているらしかった。
ということで、次回より共同戦線本格始動です! 果たしてヒロトはそこでヒントを見出すことが出来るのか、是非見守っていただければと思います!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!