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第五百二話『剥き出しの悪意』

「……ミズネ、大丈夫か?」


 人波をかき分けるようにしてミズネのもとにまでたどり着くと、その表情が明確に明るくなるのが分かる。ミズネめがけて人が集まって来たのにビビって思わず引いてしまったが、あそこで引かずに隣にいるのがどうやら正解だったようだ。


「ああ、大丈夫ではあるぞ。……少しばかり、予想外ではあるがな」


 困ったように頭を掻きながら、俺の問いかけにミズネは苦笑する。ミズネからしたらやりたいようにやった結果があれなだけだろうし、その結果がこれだけの反響を生んだってなればそりゃ動揺もするよな。カガネの人たちともまた少し反応の仕方が違うのもあって、どうにも自分のペースをつかみ切れなかったのかもしれない。


「遠巻きに見守る事しかできなくてごめんな。あの人波はちょっと怖かった……」


「いいや、今来てくれただけで十分だ。お前が悪意で私を取り残したわけじゃないことははっきりと分かるからな」


 俺が頭を下げると、ミズネはふっと微笑んで俺の額に指をあてる。その返答はあまりにも優しくて、俺はミズネという人物の懐の深さに感動するしかない――


――と、思っていたのだが。


「……あなた、あの場でほとんど何もできてなかった子よね。そんなのがどうして、ミズネさんと対等に話せてるわけ?」


「……え?」


 とある女性冒険者から飛んできた声が、嫌に鮮明にギルドの中に響き渡る。目を背けようにも背けられず、繕おうにも繕いようがない。……そんな純粋な悪意の声が、俺の耳朶を打った。


 その言葉の意図が一瞬飲み込めず、俺は気の抜けた声を上げる。あまりに突然浴びせかけられた冷や水に、俺は何も返せなかった。


「仲間だからって特別だとでも思ってるのかしら。その立場に甘えて無力でもいいって思ってるなら、冒険者としてはあまりに低い心構えだと思うわよ」


「今は俺たちと会話をしてるんだ。仲間だからとか言うだけの理由で、その空間に割り込んでこないでもらえるか?」


――わずかにこぼれた悪意は共鳴して、取り返しのつかないものにまで大きくなっていく。それをどこか呆然と聞いている俺の脳内に、ムルジさんの警告がリフレインした。


「……ちょっとあんたたち、何を言ってるわけ⁉」


「ボクたちの仲間に向かってその言いよう、いくらボクたちがよそ者だとはいえいただけないな」


 その騒ぎは少し後ろをついてきていた二人にも届いたのか、俺たちのもとに合流したその表情は非常に険しいものになっている。俺たち二人を守るかのように立ちふさがった二人だったが、どうやらそれは群衆の感情を逆なでする結果にしかならなそうだった。……明確な怒りが俺に向けられているのがなんとなくわかるのは、決して人気者ではなかった高校時代の賜物だろうか。今の俺は、間違いなく悪目立ちしすぎている。


「いいなあ、可愛い女の子たちに守られてよ。俺もそんな楽な位置に立てるようになりたかったぜ」


「何もできてない、って話だしな。そんな奴が、どうして今の王都にまで来れてんだよ?」


 さっきの不満の声は対話を阻まれた女性のものから始まっていたが、今度の不満の声は主に男性から上がっている。……確かに、女性三人に守られている俺の構図は非常に役得ではあるし、俺にヘイトが行くのはいたって正常な事なんだけども。


 頭ではそう理解できても、体の震えは止まってくれない。……この世界に来て、初めて人のストレスというものに明確に触れた気がした。


 今こうして俺に文句を投げつけている人たちだって、別に普段からこんな風な人だけではないだろう。もしかしたら昨日俺の近くを通った人だったり、俺たちの中の誰かと言葉を交わした誰かだっているはずで。


 もしかしたら、今までの俺の周囲が優しすぎただけなのかもしれない。他の皆におんぶにだっこで、時々知識面で力を貸すようなことしかできない俺が、ここまでこれたのだって――


 周囲の人から投げつけられる言葉を、言いがかりだと反論する気力がない。一対一ならもっとどうにかなったのかもしれないが、異世界に来ようと俺の本質が内向きなのに変わりはないのだ。ここまでたくさんの面々からの不満を受け止められるような度胸は、ない。だから、こんなに言われてもなお俺の喉からは何の言葉もこみあげてくれなくて――


「……そろそろ、黙ってもらおうか」


 俺の代わりにその不満をせき止めたのは、ミズネその人だった。


「お前たちが友好的に接してくれるなら私もそれ相応の誠意を返すつもりではあったが、私の仲間を侮辱するなら話は別だ。……お前たち如きが、ヒロトと同じ位置に立てるなどと考えているならそれは大間違いだぞ」


 その声は今までに聞いたことがないくらいに低く、そして鋭い。それはきっと悪意じゃなくて、俺を貶した全員への敵意だ。……気が付けば、ネリンとアリシアが俺の隣に並んでいる。


 憧れの対象であるミズネが怒りを示したこと、そしてその威圧感が効いたのだろう。俺に寄ってたかって不満を投げつけていた声はピタリとやみ、ギルドの空気が時を止めたかのように凍り付く。……こんな展開、誰が予想できたことだろう。


「……あの、それについては……」


「今更弁解を聞く気はない。……行くぞ、皆」


 その雰囲気をどうにか打破しようと冒険者の一人が声をかけるも、ミズネはそれに取り合う様子も見せない。ミズネが人の輪から抜け出そうとするそぶりを見せた瞬間、切り裂かれたかのように人の波がすうっと左右に伸びた。


「私たちは同業者だ、故にこれ以上何かをしようとは考えていない。……だが、お前たちを助けようとも思わない。相互不干渉で、努々頑張ってこの難局を乗り越えていこうじゃないか」


 絶対零度を思わせる声色でそう吐き捨てて、ミズネはつかつかとギルドの外に向けて歩き出す。その背中を見失わないように、俺たちもそそくさと扉に向けて歩を進めて――


「……?」


 足早にどこかへと向かう俺の姿を、ロアが遠巻きからじいっと見つめている。いつもとどこか違うその視線は、しかし俺をあざけるような者には思えなくて――


「……ヒロト、大丈夫か?」


「……ああ、大丈夫だ。ごめんな、場の雰囲気を壊しちまって」


 その視線が気になって思わず足を止めたくなるが、ミズネの心配そうな声が俺の足を再び前へと進めさせる。……今までにないくらいに暗い心持ちで、俺はギルドの外へと向かった。

この王都編ですが、『憧れとの向き合い方、折り合いのつけ方』なんて裏テーマがあったりします。誰もが誰かに憧れてて、そこに届いたり届かなかったりしながら人は進んでいくものですからね。そんなところにも注目していただきつつ、ここからの物語も楽しんでいただければと思います!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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