第四百九十八話『それぞれの受け止め方』
「……ゼラが私たちのことを先に知っていた、か。確かに、気になる話ではあるな」
「だろ? 毎回核心にまではいけねえけど、なんかまだありそうな気がしてしょうがなくてさ」
同じ宿、同じ部屋を二日連続でとった夜の事。俺が一人で就寝することになる部屋に三人は集まって、俺の白状を聞いていた。
王都への道中でムルジさんが語ってくれたこと、二回にわたる風呂場でのゼラとのやり取り。それに伴う店主さんの話もしたし、ロアが呟いていた言葉のことまで洗いざらいだ。隠し事がなんだかんだバレるということが分かった以上、問題を共有しない理由も見当たらなかった。
「なんというか、ヒロトはそういう問題を一人の時に吸い寄せる傾向があるよね。もう常にボクたちの内の誰かを傍に置いておくべきなんじゃないかい……?」
「すまん、風呂は毎日入りたいんだよな……」
ひとしきり話し終わるなり、アリシアが不満げな顔で俺の方を見つめてくる。好奇心旺盛なリリスからしたら不平不満を言いたくなるのはまあ分かるのだが、それにしたって対策方法が力技すぎやしないだろうか。風呂だけじゃなくてトイレとかもどうするんだ。
「アリシアのそれは冗談として、あんたって何かに巻き込まれる確率がとんでもなく高いわよね……。あたしたち全員に言えることとはいえ、もしかして一番のトラブルメーカーってヒロトなんじゃないの?」
「それに関しては否定できねえな……懇親会をややこしい形式にしたのもよくよく考えれば俺だし」
それがいいにしろ悪いにしろ、気が付けばいろんな出来事に首を突っ込んでしまってるのが俺だからな。それを追及されては何も言えないが、出来れば許してほしいところだ。
「まあまあ、ヒロトの体質どうこうの話はカガネに戻ってからする事にしよう。……今一番考えるべきは、『ゼラ・フィリッツアとは何者か』ということだろう?」
「……そうね。スッと潜り込んで来たから忘れてたけど、アイツは本来あのパーティにいないはずの人間なわけで」
「ロアたちと同じ学び舎にいたわけでもなく、それでいてロアが羨むような人物、か……今日見た感じだと、ミズネというよりはボクたちの戦い方をより洗練させたような動きをしているように思えたけど」
「それに関しては俺も同感だな。……アレは、ミズネとは別ベクトルの凄みがあった」
あえて比較するならムルジさんになるのだろうか。魔物たちの群れを切り抜けながら、返り血を浴びても気にすることなく鉄の刃を振るい続けるその姿は、普段の穏やかさとは真反対の荒々しさを感じ取らずにはいられなかった。
もしかすると、あれがゼラという人間の本性なのだろうか。誰よりも荒々しく暴力的な何かを、ただ理性だけで押し込めている姿が、あれなのだとしたら――
「……俺がのぼせたのも、それなら納得できるのか?」
あの威圧感は厳格でも錯覚でもなく、ただゼラの本性が少しこぼれだしただけだったとしたら、どうだ。……もしそのすべてをさらけ出したゼラが俺の前に立ったとして、俺は意識を保っていられるのか。
「確か、ロアへの印象を聞いたときに異様な圧迫感を覚えたんだっけ。……やっぱり、ゼラはロアのことをよほど大事に思っているみたいだね」
軽く身震いしている俺を見つめて、アリシアがあごに手を当てて考え込むような姿勢を取る。その横では、ネリンがどこか解せないといった様子で首をかしげていた。
「だけど、同じところで勉強してたわけじゃないんでしょう? 小さいころから面識があったってわけでもなさそうだし、それであの圧迫感は、どこか変な気も……」
「ネリン、その考え方は少し違うと思うぞ。……人を大事に思う気持ちに、遅い早いは関係がないんだ。……それが、たとえ少し過剰なものかもしれないとしてもな」
何かを諭す教師のように、ミズネは優しい声色でネリンの疑問に答えて見せる。……そういえば、ゼラが急に険しくなったのを他の三人も噴水広場で体験していたっけか。
「ロアのことをとてもとても大事に思っているのは事実として、だからと言って私たちと対立するようなことはないと思うがな。……まあ、慣れない王都という場所で不安要素があればそれに思考が支配されるのも分からない話ではないが」
「仮にロアを尊重できないようなことがあれば、彼は間違いなくボクたちを見放すことにはなるだろうけどね……。ロアが許す許さないにかかわらず、多分彼は彼の正義に従って動いている。……ボクは、少し彼のことを警戒しておかなければならないような気がするよ」
それがどこまで影響しているのかは分からないが、同じベッドに腰かけている頭脳派二人が今回ばかりは違う結論を出す。……だが、そこに優劣なんて付けられるはずもなかった。
「多分、二人の言ってることはどっちも正しいんだろうな。アイツだって悪い奴じゃなくて、ロアを傷つけさえしなければ俺たちには協力し続けてくれるはずだ。……問題は、何がゼラにとっての地雷になるかが全く分からないことだけど」
「それに関しては気にしても仕方のない事ね。それを知ってもあたしはあたしだし、無理に自分のやり方を変えてまでアイツのご機嫌を取ろうとは思わないわ」
ベッドに倒れ込みながら、ネリンは現状維持を貫くことを表明する。……見事に、ゼラに対する三人の姿勢は割れることになった。
「……悪いな、伝えるのが遅くなって」
「大丈夫よ。アンタが伝えるのをためらうくらいには難しい問題だと思うし、気を付ける以上の対策がないものでもあるし。……悪気があってそうしてたわけじゃないってことくらいは、あたしにも分かるしね」
ネリンの返答に、俺もどこか肩の荷が下りたような気分になる。らしくもなくいろんなものを一人で抱えすぎて、いつの間にか頭が凝り固まっていたのかもしれないな。
ネリンに倣ってベッドに倒れ込み、天井の明かりを見やる。控えめなはずの照明と真っ白な壁紙が、なぜだか今はまぶしく思えた。
四人なりにゼラへの認識を改めつつ、一室でのやり取りはもう少し続きます! 彼らののんびりとしたひととき、ぜひお楽しみいただければ幸いです!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!