第四百九十四話『隠れた熱量』
カガネから魔道具を買いに行くのはそこそこの手間なこともあって、俺たちが戦闘用の魔道具を目にするのは随分久しぶりのことだ。こういう研究はしばらく目を離すだけでかなり進むということもザラにある事で、現に俺たちの目の前にある使い切り魔道具の形状はバロメルで見たものと大分違っていた。俺たちが遺跡で使ったものがお守り型だったのに対し、これは……なんだろう、百円均一の店で売っている小さな水鉄砲のようなイメージと言えば伝わるだろうか。
「……おお、そんな風に進化をしたのだな……。グリップと術式の起動部分を分けることで、投擲だけではなく手に握ったままでの術式起動にも対応できるようになったのか」
「へえ、確かに少し変わった形をしてるわね……。ねえミズネ、これってやっぱりすごい変化なの?」
まじまじとそれらを見つめながら、ふとネリンはそんなことを問いかける。すると、待ってましたと言わんばかりにミズネはぐるりとこちらを振り向いた。……その眼は、あふれる情熱をそのまま投影したかのようにキラキラと輝いている。
「そりゃもちろん、これは革新的な変化と言っていいだろう。どちらかと言えばこの使い切り魔道具は魔銃などと類似したパーツで構成されているのだが、魔銃はこれまで使い手を選ぶ傾向にあってな。魔力を流し始める位置と術式が実際に起動する位置が離れてしまうのがその原因の一つとして挙げられていたそれを、今回はグリップと起動部位の間に伝達を補助する術式を刻印することで解決したらしい」
「……なんつーか、凄い事だってことだけは存分に伝わって来たな」
「普段は押し隠されているだけで、ミズネの熱意はボクにも匹敵するものだろうからね……。全方位に興味が向いているのではなくて魔術専門の好奇心だから、一度それを刺激するものがあったらこうなるのも納得できる話だよ」
いつもの五割増しくらいの早口で、そしてハイテンションでまくしたてるように解説するミズネの姿は間違いなくオタクのそれだ。正直何が革新的なのかは三割くらいしか理解できていなかったが、楽しそうに解説しているということだけはひしひしと伝わってきてるからな。
「……えと、グリップが付いたってことは魔道具が握りやすくなったってことで良いのよね……?」
「その通りだ。だがしかし、グリップが魔道具に与える恩恵はそれだけじゃないぞ。今までは投げ物としてしか使えないことが多かった使い切りの魔道具が、一発こっきりの魔弾を装填した魔銃のような扱い方もできるようになったことがこの開発の大きな意義と言えるところだ」
「今までの魔道具は、術式の起動部分を直接握ることで魔力を供給していたからね。それが終わったらすぐに投げつけないと、起動した術式が直接手に伝わって来るから危険だったってわけだ」
「流石はアリシア、その辺りの知識も完璧じゃないか。今言ってくれた通り、魔道具は一度起動したが最後すぐにどこかへと放り投げなくてはいけない時間制限付きの武器になってしまっていた。だがその課題は、この魔道具の開発を以てもう過去のものになりつつあるというわけだな」
なんてすばらしい事だろう、とミズネは満面の笑みを浮かべてその魔道具を見つめている。きっと今、魔道具から感じ取れる術式の一つ一つがミズネには輝いて見えてるんだろうな……。
「確かに、それが凄い進化なのはわかったわ。……だけど、その課題点ってもっと早く解決できなかったの? 魔道具の歴史だって決して短くはないわけだし」
魔道具が並べられた机にかじりついているミズネの背後から、ネリンがいかにも今思いついたような質問を投げかける。……その瞬間、ビュンッ! と音がしそうなくらいの速度でミズネはネリンへと視線を戻した。
「……ネリン、とてもいい質問だな。お前の着眼点の良さにはいつも驚かされるよ」
「……えと、ありがとう……?」
その熱意に満ちた視線を受けて、ネリンは照れくさそうに頬を掻く。そんな質問者を見つめながら、ミズネはまたしても臨時の魔道具講座を開講した。
「使い切り魔道具を製造する際の大事なポイントとして、『量産可能かどうか』ということが挙げられるんだ。術式に直接魔力を流して起動を行うシステムは確かに危険かつ雑ではあるが、量産ということを考えるならそれが一番効率的なんだ。どこまで技術を高めても所詮は使い切りである以上、不足したらすぐに買い込めるというのも魔道具に求められる条件の一つだからな」
「つまり、使い切り魔道具として売り出すにはある程度量産が見込める体勢になってからじゃないと、ってことか。こういう市場だからこそ、その意義はより大きくなるだろうね」
「その通りだ。それを踏まえて考えれば、今ここに新しい形式の魔道具が陳列されたことの意味も違って見えるんじゃないか?」
そう問いかけるなりミズネは一歩横に体をずらし、魔道具が陳列されている机がより広く見えるようになる。……ミズネの言う通り、形状の変わった使い切り魔道具が机の半分以上を占めていた。
「問題の解決方法として、グリップを作るということは前々から考えだされていたことだろう。しかしその技術をより一般化し、量産可能にするのにはまた別の労力がかかる。……この市場にこれらが置かれているということ自体が、使い切り魔道具の歴史がまた一歩前に進んだことの証なんだよ」
そこまでを早口で言い切ると、ミズネは視線を魔道具たちに戻す。その視線は本当に熱烈で、心からこの場所を楽しんでいるというのが丸わかりだった。
「……来てよかったな、ここ」
「そうね。あんなにはしゃいでるミズネ、中々見れたものじゃないし」
「これはすごいな……いや、技術料と言えばこっちも……?」
笑みを交換する俺たちの目の前で、ミズネは息を荒くしながら魔道具をあれやこれやと手に取っていく。その姿はまるで子供の様で、普段の責任感が強い姿はすっかりどこかへと影をひそめてしまっている。――たまには、こんな時間があったっていいよな。
「ヒロト、これは予想以上に大きな買い物になりそうだ! すまないが、覚悟をしておいてくれー!」
「了解、思う存分選んでいいからな!」
明るく爆買い宣言をしたミズネに、俺も迷うことなくそう返す。思う存分はしゃぎ倒すミズネの姿が見れただけでも、ここで起こるであろう出費以上の価値があるというものだった。
魔道具オタク、退いては魔術オタクなミズネの魅力、皆様にも伝わっているでしょうか。普段は冷静な皆のまとめ役が大はしゃぎする一幕、楽しんでいただけていたら幸いです!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!