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第四百八十五話『風呂問答』

――いや、決して気のせいなんかじゃない。俺たちの横に腰かけるゼラからは、なぜか途轍もない威圧感が放たれている。あの戦闘の時に展開していた刃物が、今俺たちにも突き付けられているかのようだ。


「どう思う……って、いうのは?」


「言葉通りの意味だよ。あの子を見て君たちは何を思ったのか。……あの子とはそこそこ長い付き合いになるから、ちょっとだけ気がかりになっちゃってね」


 俺の確認に対して答えるゼラの声色はあくまで柔らかく、雰囲気が変わっている事だけを除けば一切いつも通りのゼラがそこにいる。――もしかして、ゼラからしても無意識のうちにこうなってんのか……?


 それにしても『どう思う』――か。色々感じたことはあるが、言葉選びを間違えればこの先のコミュニケーションにどんな影響を及ぼすか分かった物じゃない。だからこそ、ちゃんと吟味したうえで話を始める必要があると思うのだが――


「……第一印象は才覚溢れる方、と言った感じでしょうか」


(クレンさんッッ⁉)


 俺が思っていたよりも早く、クレンさんはゼラの質問に答えを返し始める。シンキングタイムが縮められてしまったことに、俺は内心途轍もない焦りを抱いていた。


 ゼラさんの返答が終われば、ほどなくして俺に水が向けられるだろう。そうなったとき、どう答えていいかわからないままの状態なのは非常にまずい。無回答は考えうる中で最悪の選択肢だ。


「うん、それでそれで?」


「あの方はまだ若く、それでいていろいろなことに適性があることを本人も自覚しておられる。だからこそ誠実に、バルトライ家を背負うという事からも逃げずに向き合えているのでしょうね。……私は、そういう姿を好ましく思います」


「そうだね。……あの子は、いろんなものを背負ってる。背負いすぎてるくらいなのに、僕には一つもそれを譲り渡してくれない。……良かった、僕だけじゃなかったみたいだ」


 クレンさんの締めくくりに、ゼラはどこか安堵したような笑みを浮かべる。……その雰囲気は、少しだけほぐれたような気がした。


 だが、次は俺が答える番だ。いくら何でもクレンさんと同じというだけで切り抜けることはできないし、クレンさんが言ってたこと以外にも思ったことはあれこれとある。――問題は、そのどれをゼラに伝えようかというものなのだが――


「……ヒロトは、どう思った?」


 そんな俺の危機感をよそに、ゼラは案の定俺に水を向けてくる。しばらく唸りに唸った挙句、俺が絞り出した言葉は――


「……素直、かな」


 そんな、とても短い言葉だった。


「素直? ……あの子が?」


「ああ、めちゃくちゃ素直だよ。……ちょっと、その根っこが見えづらいようには思うけど」


 聞き返してきたゼラに俺は頷き、さらに言葉を続ける。その答え方が正しいかなんて分かったものではなかったが、一度この答えを選んだからには止めることはできなかった。


「ロアは、自分の中の気持ちに素直だ。それを尊重しないやつには反感を覚えるし、共感できる部分があればそこに敬意を示す。……それでいて、自分の中の正しさと違う部分も受け入れられるのが凄いところだと思うけど」


 例えば、ゼラの強さを羨めるように。ネリンの間違った認識に、堂々と待ったをかけられるように。……ロアという冒険者は、とても芯が強い少女だ。


「俺はアレを凄いと思ったよ。自分がどうあるべきかがちゃんとわかってて、そのために何をすればいいかも、何を考えているべきなのかもちゃんと理解してる。……バルトライ家に生まれたことを誇りに持ってるから、そうできるんだろうな」


 もし俺がそんな境遇にあったら、間違いなくプレッシャーで潰れてしまっていただろう。ロアだって、それくらいの重圧を背負っていてもおかしくはないわけで。……とても、軽率に羨むなんてできないところにロアはいるのだ。


「確かに、最初に話した時は物静かだなって思ったけど――だけど、誰よりも自分の意見をしっかりと持ててる奴だと思う。……できるならもっと打ち解けたいって、そう思うかな」


 そこまで話しきって、俺は一つ大きな息をつく。勢いに乗ったはいいが、勢い余ってクレンさんよりもずいぶんと多く話し過ぎているみたいだが、そこらへんは許してほしいところだ。


「……そっか」


 俺の言葉を聞き切って、ゼラは何かを噛みしめるように目を瞑る。何か琴線に触れるような言葉でも言ってしまったかと、俺は思わず息を呑んだが――


「……良かった」


 そう呟くと同時にゼラの背後から威圧感が消えうせたことに、俺は大きな安堵の息をついた。


「あの子と一緒にいる君たちがあの子のことを理解しようとしていなかったらどうしようか……なんて、そんな考えが頭をよぎっちゃってさ。そんな姿勢の人が居たら、どうにかして正さないといけないからね」


「……そこは、穏便にな」


 どうやって正すのだろうか。少しばかり気にならないでもないが、それを問いかけるのは地雷に他ならないだろう。のどまで出かけていたその疑問をすっこめて返した俺のリアクションに、ゼラはふっと微笑んだ。


「大丈夫だよ、二人はちゃんとロアのことを見てる。……あの子に友達が増えるのは、純粋に嬉しい事だからさ。僕がずっといるだけじゃ、多分あの子のためにはならないんだ」


「……ロアの、ために……?」


 俺のオウム返しに応える声はなく、ただ俺の呟きが反響する。……その視線の先では、ゼラが穏やかな表情を浮かべていた。


「……来てくれたのが二人でよかった。明日からも、よろしくね」


 浴槽にもたれかかりながらそう言って、ゼラは天井を見つめる。……その言葉を最後に、銭湯に心地のいい沈黙が落ちた。

ゼラの思いはどこからきているのか、二人の関係性にはなんと名前を付ければよいのか……そんな疑問を抱えつつ、ヒロトたちは穏やかな時間を過ごしていきます。果たしてこの先どんなことが一同を待ち受けているのか、楽しみにしていただければ幸いです!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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